私の選ぶ一首

三  浦   光  世

求むるものだけに輝く光あると信じて眼強くして生く (凍雲号)
 一読、 反射的に聖書の 「求めよ、 そうすれば与えられる。」の言葉が浮かんだ。 下句は私にはできない表現。 ここまで率直に力を入れて詠めないからである。 意欲的な生き方から生まれたユニークな一首と思った。他に
「風吹けど揺らぐことなき電柱の葉の散り終えし銀杏と並ぶ」の視点と描写に惹かれた。 味わい深い作である。
[ETV特集「妻よ恐れるな」で思っている通りの人柄を見るこ とができた。 少しでも近づけるよう精進していきたい。]

藤  本   義  一
女殺油地獄とよみがえる津太夫弥七のひびきかなしみ (凍雲号)
 上本町のホテルで人形遣いの至宝、吉田玉男師と今後の浄瑠璃などについて話し帰宅した時にこの一首を得ました。
津太夫師、蓑助師の話も尽きません。やはり、大阪の生んだこの文化の中にはコンピューターでは絶対表現出来ない深さがあります。弥七師の死も耐えがたいものですが、私には美学のように思えてきました。生命の根源を瀬戸内の深海に見られたのではないでしょうか。 (作家)

津  田   洋  甫
今まさに離れんとする滴くあり命の重きかなしみが見ゆ(凍雲号)
私の写真集を求めて下さってご感想と共に『流氷記』 (五号発行の頃か?)を届けて下さり、その後創刊号と共に毎月忘れず拝見することになりました。 私の大好きな道東網走で教職につかれたことから『流氷記』のタイトルが気に入りました。 私の感想も最近は求められるのですが、 忙しい生活ではゆっくり鑑賞する時間もありません。 私の写真の内容以上に歌は奥深く簡単に批評は出来ません。 流氷記の縁で私の写真集にも登場してもらって多くの読者の眼にふれてもらって喜んでいます。 この一首は『水の詩写真展』からと… (写真家)

菊  地   慶  一
船のごと網走台町潮見町夕日の浸る氷海を行く (凍雲号)
 私は網走市台町二丁目六の一〇という住所に居を構える。 ここは昔、 知人岬と呼ばれていた海抜五三メートルの崖の上である。その最先端で流氷の海を眼下にしていると、 まさしく私の身体は家ごと氷海に突き進んでいくのだ。そのことを、この歌で教えられた。身ぶるいするほどの感動だった。 三十年近くも同じ場所に住んでいて、 一首の歌で初めて気づいた感覚だった。今冬は流氷量一〇という全海面を覆う状況である。 この小文を書いている夕刻も、 私は台町の町ごと家ごと、 朱色の氷海に分け入って行く。 ( 流氷観察者。 作家 )

加  藤   多  一
船のごと網走台町潮見町夕日の浸る氷海を行く (凍雲号)
 船のような形の街が、人間の海を出航して海へ出ていく。
これをあえてファンタジーと呼ぶ必要もないと思います。街はいつも漂流したいという野望を持っているのですから――
オホーツク海を望む台町や潮見町を見て知っている小生にとっては、実に自然な詩人の意識の流れである。
地名をこのように彫刻的に形象化した短歌はそう多くないと考えます。 (オホーツク文学館長、児童文学者)

深   尾    道   典
月もなき夜といえども目交いは白き流氷光を放つ (春香号)
 流氷の地、網走が川添さんの魂の拠り所となっていることを、矢継ぎ早に刊行される流氷記から読み取ることができます。 流氷記を読み返しながら、決まったようにたどり着くのはそのことです。 魂を光が迎えに来るという流氷の海夕焼けて燃ゆ(燃流氷)
川添さんの魂は、 現在身を置く高槻と曾住の地網走の間を自在に往き来しているのに違いありません。 流氷の地は、 川添さんにとって、 さながら聖地のようです。 (シナリオ作家。映画監督。)

和   田   悟   朗
次々に土に吸われて細雪斜めに異次元空間に降る (凍雲号)
 ことばの順序が複雑な不思議な歌だ。 「細雪」は大気中を斜めに吹き、土に到達すると融けて土中に吸われてゆく、というのが常識的な順序であろう。 そのとき、「大気中」という空間と、「土の中」という空間は、どちらも三次元的なひろがりをもった空間だが、両者は異なった空間軸をもった「異次元空間」ということができる。 しかしこれは全く物理学的な理論説明に過ぎなくて、この歌の真意はむしろ、「水」という物質の固体から液体への転移を暗喩して、人の心の存在空間が異質に変貌してゆくさまを詠んだのではなかろうか。 ( 俳人 奈良女子大学名誉教授 )

貞   久    秀   紀
眠るたび死んでは朝に生まれくる命と思えば一日は楽し(凍雲号)
 心はこんなにもまっすぐ表せるものなのだなあと川添さんがうらやましくなりました。巻末で触れておられる斎藤茂吉も、真心ということを書いていたと思います。事物を写す心をさらに写し取るというのは大変なことなのだと思います。それから 代名詞「あそこ」と言えば笑い出す思春期盛り生徒達あり はなにやらおかしくまた哀しく。あそこがいつまでもあそこでありますように。 (詩人)

安   森    敏   隆
死ぬることずっと先だと思いしに高安国世逝きてしまえり(燃流氷)
 昨年(平成十一)七月十六日、 師の和田周三(繁二郎)が亡くなった。 思えば、私が昭和三十五年、大学に入った時、ふと見上げると、作家の高橋和巳と哲学者の梅原猛がいた。 また歌人の和田周三と国崎望久太郎がいた。 ともに〈先生〉として私の前にあらわれたのである。 大学二年のとき知り合った北尾勲(ヤママユ)と京都在住の歌人を尋ねようということになった。田中順二、高安国世と次々と十人ばかりたずねたものである。 もっと先だと思っていた高橋和巳が亡くなり、国崎、高安、和田と歌を残して先立たれた。(同志社女子大学教授)

若   田    恒   雄
死者は立つことさえ出来ぬと歩みつつ微かな生きる喜びにいる(凍雲号)
 春になって厳しい冬を越えた欅の樹の芽が萌える日まで生きていたいと思いますが、無理だろうなと思います。しかし、これまでの自分の生きてきた道を省みて、悔いのないのがせめての喜びです。

西   勝    洋   一
人の好い生徒がいつも引っ掛かる問題少しひねって作れば(燃流氷)
 教師の歌を集めています。集めてどうしようというのではありませんが、私も教育の現場に身を置いているので気になるということです。社会全体の有り様が鏡のように写っているのが子供の世界です。この一首もそういう意味で今の日本の社会を切り取っていると思います。人の好い人間がますます生きづらくなってきた日本。そして、そういう状況に加担している己(教師)の姿。そういう視点で教育の現場、教師の姿を歌っていけば、教師の歌もまた説得力を持つのだと思います。そんなことを考えさせてくれる一首です。    (「短歌人」「かぎろひ」同人)

里   見    純   世
どこでどう間違ったのか罪犯す人あり気づく時には遅し(凍雲号)
 全く此の歌に同感させられます。 最近の日本の世の中は一体どうなっているのでしょう。 事件、事故が日常茶飯事ですね。物が豊かになり過ぎた反面、人の心が荒廃してきたのは、誠に残念至極です。 もっとゆったりとしたお互いに人々の気持ちを思いやる世の中が今こそ望まれてなりません。 特に殺人的な犯罪が増えていますが、 刹那的な衝動を抑える落ち着いた行動を身に付ける教養が社会全般に求められなければと一個人として痛感しており、 その意味で此の歌を採らせていただきました。 (「新墾」「潮音」同人 網走歌人会元会長)

鈴  木   悠  斎
かなしみも怒りも同じ心にて我が魂の奥処に触るる (金木犀)
 私には何故かこの作者のかなしみや怒りの歌が心にひっかかっています。 恐らくこれは作者の一面に過ぎないでしょうが、 若い頃のあまりに強い作者の印象がずっと尾を引いているからでしょう。 現在の作者を目のあたりにすればまたその印象も変わるでしょうが、 「求むるものだけに輝く光あると信じて眼強くして生く」(凍雲号)これは作者の信念でしょうが、 この私自身への励ましでもあります。 ひたすら求め、 ひたすら信じて私も生きてゆきたいと思います。 (書家)

田   中     栄
冬日差し暖かければ明るくて死など忘れた人々に満つ (凍雲号)
 何でもない日常詠だが、命の機微にふれたところがある。上句は普通の自然の受取り方だが、下句にきて哲学的思弁というか、意表を衝いたところがある。全く人というものは絶望か病気にでもならない限り「死」を考えないものだ。言い得て妙だ。四句口語で言っているのが自然である。「巡礼の途次にて入水自殺せし弥七いかなる風景を見し」も死を歌っているが、日常詠のなかで光っている。     (「塔」選者)
[歌を忘れた僕の網走に来てくれて一緒に見た能取岬の流氷の姿がまだ眼に焼き付いている。それが流氷記の原点。]

村   上    祐  喜  子
次々に土に吸われて細雪斜めに異次元空間に降る (凍雲号)
 大阪の雪は積もらない。 どんどん「土に吸われ」ていく。雪が降り始めると周囲の音が消え、「異次元空間」 に一人迷い込んだ感覚になる。そして降り続く雪を見つめていると、どんどんその世界に入り込んでいく。 日常生活から離れ一人の世界を楽しむ感覚になるのは悪くない。私は雪国の富山で生まれ育ち、雪との思い出は楽しいことも大変なことも数え切れないくらいある。 中でも雪が降り始めの「異次元空間」感覚が好きだ。 富山を離れて東京、山口、名古屋、横浜、大阪…と生活してきたが、雪が降ってもすぐ消えていく。 「土に吸われて」まさしくそんな感じだ。 私の雪に対する想いとピッタリ一致し、ひかれた一首。

前   田    道   夫
神々の山横たわる知床を望みて氷塊盛り上がり見ゆ (凍雲号)
荘厳な感じの山。それを望んだ形で海を埋めつくしている氷塊の群れ。そのような静かな光景を、知床を知らない私に思い描かせてくれる一首である。しかし、盛り上がった氷塊とは、どんな形のものなのか、実景に接したことのない私には見えにくいものがある。次の「石を積む賽の河原のごとくにて氷塊天の果てまで続く」は、他界を想わせるような不思議な感じを与えてくれるうたである。「氷塊天の果てまで続く」が佳い。 (塔)

三   谷    美  代  子
船のごと網走台町潮見町夕日の浸る氷海を行く (凍雲号)
 落陽の輝きを浸した氷海のむこうに、 どっしりと重量感を湛えた夕ぐれの街区は、まるで船体のように浮かび、そしてそのまま氷海をすべるように航く。美しい倒錯感である。網走台町、潮見町の固有名詞が利いている。
この一首は流氷の海へと、私の憧憬をかき立てて罷まない。
(塔)

井   上    冨  美  子
夕暮れの空へと伸びてゆくポプラ紫立ちたる雪原に立つ(凍雲号)
 目を閉じると、 旧二中校舎のかたわらに、 そびえ立っていたポプラの姿が思い出されます。 「どんな道でも正しく通れ」と暗示してくれたポプラ。汗した生徒たちに、大きな木陰を作って優しく迎え入れてくれたポプラ。今、残っているとしたら、まさにこの歌のようにと思われる。 (元網走二中教諭)
[網走二中では二月十日がいつもスケート大会だった。 冬の間 グランドはスケート場で教師が順に当番で深夜に水を撒きに いかなければならない。竹ボウキで雪を払った後、太いホース で均等に水を撒く。撒いた途端、凍るのがわかる寒さだった。]

藤   田    康   子
順番に常にどこかで罪犯す人あり決める神もあるらし (燃流氷)
 ニュースを聞き、おびただしい記事が日々流れるように過ぎ去る中で、ふと教室の子どもたちの群れを思い起こしました。あどけない行動の中にも、それぞれに役割があり、悪さを試みる子ども達。毎年子ども達は成長し、新しい出会いがあるのに、決まったように、悪さを試みる同じ笑顔があります。働き蜂ばかり集めても、やっぱり怠ける蟻が現れるように、人が生きるのは、なかなか難しいもので、理りがあるようです。 (元網走二中教諭)

遠   藤    正   雄
死者は立つことさえ出来ぬと歩みつつ微かな生きる喜びにいる
むかし読んだ堀辰雄の『風立ちぬ』を思い出した。「普通の人々がもう行き止まりだと信じているところから」 始まるという一つの悲歌に相通ずるものを感じた。 生者の限界状態の中から、 つまりは死者への対話の中から生まれ出てくる強さと、愛と、喜びを一首に詠み込んでいる。作者の言う「微かな生きる喜び」が、切なきまでに伝ってくる。 「眠るたび死んでは朝に生まれくる命と思えば一日は楽し」なるほどと思った。昨夜この歌を読んで眠ったら、今朝の目覚めは実に清々しく、手足が健やかに動いていた。
この軽わざの妙。 (凍雲号 「塔」)

塩   谷   い  さ  む
いつの間にこんな齢になっている自分に気づき歳重ねゆく(凍雲号)
年金の申請、運転免許証の更新などで年齢を書くことが多くなり、書くたびごとに、ああもうこんな歳になったのかと、急にさみしくなる事がある。人間、いや動物も含めて、生き物は夜に齢を重ねると言われている。「光陰矢の如し」若い時、いや今日という日は二度とないのだということを肝に銘じて精進したいものであることをこの歌は教えてくれた。いつの間に「か」を加えて「いつの間にか」として「今まさに離れんとする滴あり命の重きかなしみが見ゆ」と併せ読んだいのちへの歌。一日一日を大切にしたい生命の歌である。 「塔」

宮   脇      彩
パソコンの中より分類されて出る人を何だと思ってやがる(凍雲号)
この一首は、この頃インターネットを始めた私には「うんうん」と頷ける一首だ。ホームページにアクセスし、検索したい人の名前を入力すると、いとも簡単にさまざまな情報が見られるようになる。…ボタン一つでさまざまな情報が見られるような時代になるということは、便利と同時に空恐ろしいものがある。こうしている間にも自分や人の情報がどこかでやりとりされているかもしれない。コンピューターで全ての人の情報が握られているこの時代、恐ろしいものがある。 (西陵中一年生)