私の選ぶ一首

藤 本  義 一
神在りしこの国仏キリストも混じりて迷いのただ中にいる(渡氷原)
 同じ心境でアニミズムのことなど考えて、短編小説二十枚を『小説新潮』(四月号)に発表した直後に、この第十七号を手にしました。
草木虫魚教というか原始信仰の取材で以前東南アジアの国を訪れた記憶が甦ってきたのです。
そこで、私も独自の宗教を立ち上げました。
――呆気羅漢教
といいます。アッケラカンキョウです。羅漢さんの存在が急に身近になりました。現在のところ、信徒は一人だけですが、なかなかいいものです。
その裡、呆気羅漢教の経典をつくるつもりです。 (作家)

[早速小説新潮四月号購読、『草木虫魚図鑑』では草木虫魚教(アニミズム)について触れながら健一という震災で両親を失った少年が夜尿症不眠症失語症拒食症の四重の心的外傷(トラウマ)から意識不明の重体に陥り、付き添い魂だけで語り合う僕との交流の中で、意識を回復するのだが、死後夢で邂逅していた彼の両親が急に消えてから、生きる支えを失ったという人の心の脆さを興深く読んだ。感謝。]

三 浦  光 世
九九年四月八日にVサインして写りしに生徒今亡し (渡氷原)
 一首としての独立性が的確であると思う。Vサインして写真に写っている生徒が、目に浮かぶようである。病死か事故死か、その死因まで問う必要はない。若い命を惜しむ心が充分に出ていて、読む者の胸を打つ。
地平線薔薇色に燃ゆ見る限り流氷原は鎮もりの中 (渡氷原)
三月七日、女満別に用事があって行った。その時案内されて網走まで足を伸ばし、流氷も見た。そして二十九年前、妻と共に見た燃える流氷を思い出したが、右の作に更に思いを新たにした。 「十七号、『流氷』の場面がたくさん詠まれていて、懐かしい思いがしました。二十九年前の四月『続氷点』のラストに『流氷』を見たいと、妻と二人で網走に行ったのでした。そこでホテルの窓から実におどろくべき現象を見たのでした。妻は、全く誇張なしにその場面を書きこんだのです。そんなことを書きたいと思いましたが、個人的なことですので、 それは、伏せて、相変わらずの妄評となりました。先ずはひとこと付け加えて失礼いたします。」 僕は『続氷点』の最後のシーンは、遠藤周作の『沈黙』の踏み絵を踏むシーンと共に、人間の赦しを描いた最高の傑作だと思っている。光世氏の追伸、そのまま自分だけで持っておくのはもったいなくて、失礼を顧みず掲載させていただいた。今度の旅は続氷点の再確認も目的の一つだったから。

加 藤  多 一
小便といえども雪を溶かしいる命の水かいとおしく見ゆ(渡氷原)
 いささか理に堕ちているところはあるが、一連の北海道取材の歌に続けて読むと、実感があって、快い解放感をもたらしてくれる作品だ。
たしかに「命の水」だねえ。
この歌は、ウイスキーがこう呼ばれることを知っていて読むと、アイロニーが酒のようにしみわたる仕掛けになっているのかもしれない。「見ゆ」はあまりにも芸がないとも思われるが、そんなレトリックは気にかけぬナタの切れ味の素朴さが川添英一の味だと思います。   (オホーツク文学館長・児童文学者)

中  平   ま  み
笑い声さえも頭蓋に響ききて楽しめず鬱々として過ぐ (凍雲号)
  犬《ワン》のおかげで医者と薬とは縁が切れた――とは云へ、それでもやはり振幅はあり、ひどく……憂鬱になることも避けられない。どの歌も何がしか感じさせられるものは有るけれど、今の私は真にこの一首のような状態なので、これを選ばせていただいた。  僕の鬱は涙を伴って瞼重くて軽くならない。(作家)

田   中     栄
民族の乗りて渡りし氷海が切れ目なく天の果てまで続く(渡氷原)
 氷海を渡った民族というのは次の歌にある「トナカイの群れと北方民族」というから北海道の先住民族というとアイヌ。アイヌとは人間の意。「かつては北海道・樺太・千島列島に居住したが、現在は主として北海道に居住する先住民族」(広辞苑)そのアイヌ民族がトナカイを連れて千島列島へでも渡ったのだろうか。続く流氷原の先は海、ちょっと不思議な気がする。しかし歌としては砂漠を移動する民族と同じように、イメージとして迫ってくる。金田一京助の『北の人』など調べたく思っている。
[ 『塔』選者 トナカイと共に流氷の上を渡ることについては網走在住の時 ウエルタ人故ゲンダーヌから聞いたことがある。 ウエルタと アイヌとでは言葉も民族も違う。 ゲンダーヌや中川イセさん  については司馬遼太郎『オホーツク街道』でも触れている。]

魂まで透き通る造型    竹   内    邦   雄
わが心モーゼとなりぬ氷塊の果てまで陸のごとくに続く
薄氷の海一面に銀色に輝きて明るき空映りいる
新雪を踏めば大きく音のして命の一歩こだましてゆく (渡氷原)

北海にひしめく流氷の青冴ゆるとき、魂まで透き通る特殊な情念の昇華が余すなく造型されている一巻に目を見張る思いがしました。
南海に住んでいて、そういう世界の追体験の出来るをよろこびとします。 (『林泉』 『香川歌人』 『未来』)

米  満  英  男                クリオネ
氷海が朝日に染まる薔薇色に我が血液の流氷天女踊る (渡氷原)
 クリオネというのは、 北陸に旅したとき、地元の水族館で見た。何とも可愛く、幻想的で、見ていて飽きない。もし、氷海にもぐって、その神秘的な蒼い水中で出会ったら、どんなに素晴らしかろうと、がらにもなく、陶然とした一瞬をもち、その一瞬の純粋性に、再び酔った。
作者の思いも、たぶん、そうした陶酔感に近いものであり、さらにその幻想が、己が血液の中に舞うことによって、さらにきらきらと妖しく漂いながら、一層薔薇色を深めていく――。あるいはそれは〈歌〉の変身であるかもしれない。 (『黒曜座』主宰)

安  森   敏  隆
ちょっとしたズレにて罪や死に至る人らもまとい震災忌過ぐ(凍雲号)
 今年(二〇〇〇年)の正月、年賀状を繰っていたところ、その中に「〈寿〉 ハナ」と朱書された一通にであって、私は心なぐさめられる思いであった。 が、ちょうど震災五年目の一月十七日、石戸ハナさんの遺歌集『手鏡の中』(みるめ書房)を受け取ることになったのである。 昨年「城崎短歌コンクール」に「なゐのがれいのちひとつで来し城崎円山川岸黄の花が咲く」を応募され、 私はこれを最優秀賞としたのである。 すでにこの時ハナさんは末期ガンを予告されていたのである。 それから歌集を出すことを思いつかれたのである。( 同志社女子大学教授 )

里  見   純  世
なつかしきリズムと言葉網走の「〜するべさ」人混みさえも嬉しき
この一首を選んで、先生には一層の親しみをおぼえました。石川啄木の歌「ふるさとのなまりなつかし停車場の人混みの中にそを聞きにゆく」と一脈通じるものがあり、先生らしさがよく詠まれていると思います。
今回の流氷の歌には、とても感動しました。地元にいると見馴れてしまい勝ちのところを先生の歌でハッとさせられました。
きみの心をこれほどまでに惹き付ける
流氷とは一体何であろうか 純世
(『新墾』 『潮音』 同人、網走歌人会元会長) (渡氷原)

井  上   芳  枝
新雪を踏めば大きく音のして命の一歩こだましてゆく (渡氷原)
雪には縁のうすい北九州ですが、一月二十七日早朝から降り積もった新雪の美しさ。庭も、道も、屋根も山も真っ白です。まぶしいばかりの新雪を眺めるのは、何年ぶりでしょうか。この歌にあの日の新雪が重なるのです。下の句の「命の一歩こだましてゆく」は、グーッと胸を突き上げていきます。毎日一首「生活(くらし)のうた」を詠んでいますが、深く高く味のある歌にはほど遠く、忘れずに送って下さる『流氷記』に、力づけられています。ご活躍をお祈りしています。
  (中学校時代恩師)

川   口      玄
立派さを言葉や動作の端々に込めて教師の擬態がつづく(渡氷原)
教師ではなくとも人間はいつも自分をよく見せようとして生きているのではないだろうか。だからこそ、自分をありのままに見つめることができる時間が必要であり、それが真の休息になる。一人になれる時間とは、趣味なのだろうか、詩作なのだろうか、酒なのだろうか、旅なのだろうか。 (『大阪春秋』編集長)

神   野    茂   樹
網走も普通の町となりてゆく市街に五つもコンビニが見ゆ(渡氷)
小生の出身地、鳥取県倉吉市。人口五万人程の静かな町にも、消費者金融の支店ができ、コンビニもいつのまにか進出。田舎らしさが段々遠くなる。よいことなのか。 (『大阪春秋』)

井   上   冨  美  子
我が前に流氷の女座りいて苦しき過去などどこにもあらず(渡氷)
この度は一首を選ぶのに迷いました。これも、こっちの歌もと心に響いてくる。何回も目を通して、この一首を選ばせていただきました。やはり中川イセ様の存在はとても大きく、私達の生活を温かく見守ってくださって、お元気に百歳を迎えられています。「取りとめもなき会話にてお互いが在る悦びに満つるひととき」中川イセ様と川添先生の語らいを、そっと聴いてみたいような衝動を覚えました。 (元網走二中教諭)

山   内    洋   志
個人誌も歌集もゴミに変わるのに作らなければならぬかなしみ
久し振りに中学校に勤めることになり、川添先生がこの頃の中学生をどう観ているか知りたくて読み返してみました。意外にも目にとまったのがこの一首でした。網走で一緒に勤めていた頃、前夜遅くまでかかって書き上げた学級だよりが、帰りにはごみ箱に数枚。「せめて、見えないところに捨ててくれ」 と頼んだことも。 それでもまた書く。 義務感はなかったのに、「作らなければならぬかなしみ」を感じていた。先生の「かなしみ」とレベルは違うけれど、共感できる一首でした。
佐呂間中学校長、網走二中元教諭、(麦風号)

小  川   輝  道
皆が見え皆が聞こえる物事に頓着なきと妻いらだちぬ (渡氷原)
人は皆、それぞれ違いはあっても、悲しみを抱えて生きている。短歌表現に日々神経を注ぐ川添さんの生活に、もっと日常性に気持ちを向けてほしいと願う妻の想いが伝わり、表現者との意識のずれもうたわれている。「皆が見え皆が聞こえる」の句は、どこにでもある生活詠のなかにあって、率直にしかも微妙に気持ちをとらえる表現の力が見られ、なお意識のずれとのさみしさが深い。それに気づく作者のいたわりと、生活者としての気持ちの広がりの中で、制作に励むという境地を期待している。 (網走二中元教諭)

新   井   瑠  美
飛行機で飛ぶたび気づく日常のなべては雲の下の出来事(渡氷原)
詐欺・殺人・傷害・別離・何かと新聞紙上を騒がしていることも、雲の下で起こっているのだが、川添氏は、もっと身近にひきつけて〈日常の〉の言葉で、日日の生活のすべてが雲の下での出来事であるよと、ちっぽけな人間の存在を再確認させて下さった。所詮、我らは掌上の悟空の如きか。さりげなく詠まれたこの一首に教えられた思いがする。 〈鼻の奥までたちまちに凍りつく半端な我もしばれゆくらし〉〈網走はマイナス十二度綺羅雪が輝きにつつ我が皮膚を刺す〉(『椎の木』)

唐   木    花   江
風吹けど揺らぐことなき電柱の葉の散り終えし銀杏と並ぶ(凍雲)
冬の餌食のような二本。「冬よ僕に来い」 と叫んでいるようだ。 歌壇はいま冬の時代。 結社の覇権主義や狎れ合い。 賞のたらい廻しや親の七光り。 「 歌壇ワイドショー」 の感さえある。 雑誌の売らんかな主義が短歌を歪めてしまった。 そんな金儲けとは全く無縁。俗塵にまみれず、 孤旗をうち振る個人誌の存在意義は大きい。 さらに続けられることで、大いなる波紋を巻き起こしていくだろう。 発表作品も厳選されてきたのがよくわかる。 読者層もより充実してきた。 まさに 「冬よ僕に来い」 である。 旧「塔」の先輩たちのご意見を拝読できるのも懐かしい。 (りとむ)

前   田    道   夫
真っ赤な日沈み切るまで氷塊の上にて我も氷塊となる (渡氷原)
「網走と流氷の匂いが詰まっています」のメッセージとともに届けられた「渡氷原」号、その言葉のように、いろいろな観点から捉えられた流氷の姿が、映像を通してしか見ていない私にも、臨場感をもって迫ってくるものがある。選んだ一首は、単純化も行き届きすっきりとしたよく分かる歌である。夕日が沈むまで氷塊の上に立っていて、自分自身がさながら氷塊であると言われる。その姿は崇高であり、作者の感激の程がよく伝わってくる。 (『塔』)

榎   本    久  一
車の音電車の音など地を擦りて己が眠りも微かに揺れる(凍雲号)
一読したときは見過ごした歌であるが、地図で繰って富田町二丁目二十一番が阪急京都線の線路ぎわであることを知り、心ひかれる一首となった。雑然とした都会の駅宿舎で仮眠した頃のやるせなさが彷彿として来る。「地を擦りて」は安らかでない心理、「己が眠りも微かに揺れる」 は眠るとも覚めるともない状態をよく表していると思う。初回に選んだのは「畳なわる吹雪の絶え間くっきりと流氷原は国のごと見ゆ」「夕暮れの空へと伸びてゆくポプラ紫立ちたる雪原に立つ」である。 (『塔』)

東   口      誠
氷原に小池のような黒い海蓮葉氷の数片が浮く (渡氷原)
この号を「渡氷原」と名づけているとおり、氷海の歌が多い。同じ素材で数多く作れば多少問題のある作品が混じるのはやむを得ないことだが、抽き出した歌は好きになれた。写真でしか見たことはないが、この歌は氷原の一部をしっかり切り取って丁寧に描写している。その形がありありと目に見えてくる。「小池のように」という比喩が効果的だ。「蓮葉氷」という語のあることは初めて知った。ようすは想像できる。くり返し読んでいるとひどく寂しくなる歌である。そして、現実に見てみたくなる情景である。 『塔』)

角   田    恒   子
氷塊と氷塊せめぎ合う隙の海のかすかなため息聞こゆ (渡氷原)
氷塊のせめぎ合う音を「みしみしと音して」「悲鳴のような音を出し」と表現され、ここでは「海のかすかなため息」と歌われている。たまたま読んでいた開高健の『夜と陽炎』の文中に知床の流氷を描いて「果てしない面積が叛乱、抗争、雌伏、敗北、隠忍のあらゆる顔と姿態にみたされ、オホーツク海はみちみちているのだった」と重ね合わせ、表現の工夫のあとを辿りつつ、海のかすかなため息とはどんな音?と想像を楽しんでいます。 ( 『塔』)
[人間は僕だけ、氷塊の鳴き声を聞くのは不思議な体験でした。]

本   田    重   一
我が夢の中の一人が網走にいて流氷の海を見ている (渡氷原)
温暖化の影響により流氷はやがて姿を消すと云われるが、例年のように一月下旬にはオホーツク海沿岸を埋め尽くし、四月に入ると外海へ出る航路が開いて『海明け』宣言が出された。その流氷が呼び寄せるように、二月廿五日川添英一氏が再び来網された。この地に暮らす者にとって流氷は季節の一現象であり、否応無く受け止める日常の事に過ぎない。「夢の中でいま一人の自分が流氷の海を見ている」という。曾て数年の網走滞在が如何に深く氏の人生に刻まれているかを思うのである。 (『新墾』 『塔』)

遠   藤    正   雄
飛行機で飛ぶたび気づく日常のなべては雲の下の出来事(渡氷原)
俗の世を離れて雲の上から見下ろしながら「なべては雲の下の出来事」と言う、この結句に惹かれた。人間の日々の営みは、すべて天界の支配下にある。「着陸するたび助かったと思いつつ地上の煩瑣の中に入りゆく」│着陸態勢に入り、無事着陸。ああ助かったという安堵感。この時、地上の人となり雲の下の煩瑣の中に入って行った。二首を併せ読んで面白いと思った。
この度の関空へ着陸までの二泊三日は、網走と流氷のさまざまな自然の荘厳さが、私にとっても旅ごころを満喫させてくれた。( 『塔』)

塩   谷   い  さ  む
さまざまな歴史重なる本統の自分を捜しに古書店に寄る(燃流氷)
人間はいろいろな過去を背負って生きてゐる。 自分のルーツを探したいと誰もが思つてゐるのではないだらうか? 何年か前に「あなたの家紋から先祖を探します」という広告を出して大分繁盛した会社があつた事を思い出してゐる。作者は自分史を捜しに古書店に立寄ったのであろう。よく納得出来る歌である。自分を捜しにだから、古書店に「寄る」ではなくて「来る」したい処である。 一人くらい違う意見もあっていい言えば忽ち生きづらくなるも協賛できる。 「塔」

吉   田     健   一
お互いが気に障るらし教師二人トムとジェリーの戯れに似る(渡)
同じ学校の教師同士が、学校の運営か何かのことで言い合いをしている場面を題材にした作品。かなり派手なやりとりであったようだが、ともかくも自分の言いたいことを言えるだけ、職員室の雰囲気はまだまだ健全であるようだ。そう言えば、トムとジェリーというのも、いつも喧嘩をしているように見えて、実際は心と心が繋がっていた。この作品に出てくる教師二人も実のところはそのような関係なのであろう。現職の中学校教師ならではの職場詠を今後も期待したい。『塔』

大   橋    国   子
一人くらい違う意見もあっていい言えば忽ち生きづらくなる
個性が特に尊重されない国であると思います。黙って人の後ろに付いて居ればいい、それも多数である方をそれとなく見て、それが出来なかった若い頃は、とても苦しかったけれど、熱い心で結び合える友人もいたような気がします。丸くなってしまった家族という「しがらみ」も争うエネルギーも無くなったからでしょうね。若いということは辛いことだと思います。 川添先生のお歌からその苦しみが滲み出ていると思うことがあります。でも、その鋭い感性を失わず、心の歌を詠ってください。期待しています。(北摂短)

的   場     栄   子
菊の花机上に置かれし亡き生徒の椅子引きて最初の授業を進む
若い方の御不幸を耳にすると、その方を悼む思いはもちろんのこととして、周りの方々、特に御両親の思いを痛切に感じてしまう年齢になりました。死を前にした時、私たちにはなす術もありませんが、「流氷記・第十五号」のあちこちにちりばめられた先生の死への思いは、亡き生徒さんへの何よりの供養のように感じました。 (西陵中保護者)
[保護者の方がこのように読んでいただいていること有り難い。ただ、 職場詠など誤解を受けやすいものなど、 職場での配布は慎重にせねばと思うようになった。そんな中で嬉しい言葉だった。]

若    田   奈  緒  子
弾けては空に舞いつつ一瞬の水滴そこは宇宙のごとし (凍雲号)
この歌を読んだとき、一年生のころ聞いた先生の話を思い出した。「瞼を閉じたらそこには宇宙がある」と教えてもらった。この歌では、水滴を宇宙とたとえている。私にとっての宇宙は何だろう。宇宙のように広々とした空間はどこだろう。きっとそれほどまでに居心地のいい空間なんて見つからないから人間は宇宙にあこがれ続けるのかもしれない。だけど私は、瞼を閉じたら広がっていく真っ暗な世界が自分の中にある宇宙だと信じている。これからもそう信じていくと思う。  (西陵中三年生)

中    村     佳  奈  恵
春の土手輝く緑敷き詰めて踏めば小さな草立ち上がる (渡氷原)
明るい春の光に包まれて、すくすく育った新しい命を感じました。一つ一つはとても小さな力だけど、じゅうたんのように敷き詰められた多くの緑は、踏んでもすぐ押し返すほどの、春の力強い生命力にあふれています。輝く緑の美しさを、読むだけでなく、その生命力に感動する心が歌の中に生きていると思います。私も先生のように、見落としがちな日常の小さなことでも、感動出来る心を持ちたいです。三年生になって、また先生に教えていただけることになりました。 嬉しいです。   (西陵中三年生)

高    田     暢   子
意に反し素直に対応せぬ生徒寂し嬉しと思うことあり (渡氷原)
私はこの歌を読んで「ああ先生は、こんなふうに感じてくれているんだなあ」とすごくうれしい気持ちになりました。
私の知っている教師には、生徒が自分の言う事をきかないと、生意気だとか、内申のことをちらつかせたりする人もいて、本当に生徒のことを考えていてくれる先生が何人いるのか考えてしまうことがあるのです。川添先生のような思いを持ってくれる先生が増えればいいなあと思います。 (西陵中三年生)
[僕もそんなにいい教師だとは思っていません。「自分の思った通りに自由に…」などと言いながら、懸命に軌道修正したりして…

宮   脇       彩
退屈な市民に媚びてマスコミは殺人事件起こるのが好き(燃流氷)
この一首を見て、 私の中に「確かにそうだ」という思いが沸き起こった。この歌のとおり、マスコミは殺人事件などの重大事件が起こり、 それを取材している時が一番生き生きしているようにすら思う。 まあ、それが生業なのだから仕様がないのだが、たまに彼らに憤りを感じる事もある。被害者の家に大勢で押しかけ、心境など無理やり聞き出そうとする時などがそうである。
彼らがいるからこそ私達にはいろいろな情報が伝達されているのだが、 どうもこのようなマスコミへの批評を書かずにはいられなくなった一首である。 (西陵中二年生)

藤   川       彩
かごめかごめ幼子集う萩の花次々開けば踊りとなりぬ (秋染号)
この一首を見た瞬間、私の頭の中に小さな子供達が集まって遊んでいるところと、花が次々咲くところが浮かんだ。私も小さいころ近所の友達とよく「かごめかごめ」をしていたものだ。しかし「かごめかごめ」は、本当は悲しい歌と知り、複雑な気持ちになった。メロディーからして暗い歌だから、なんとなく少しいやな感じがしてはいたのだが、小さいころは気にしないで遊んでいた。この一首を見て、こんな昔のことを思い出した。(西陵中二年生)
[実は、作者は感じるまま単純に歌ったもので、こんなふうに深い思いで読み取ってくれたこと、とても嬉しかった。]

大   橋    佐  和  子
段ボール・ベニヤ板など文化祭するたび少しずつ森は死ぬ(秋声)
文化祭の話し合いのときに川添先生が、どうせ捨ててしまう物のために、段ボールやベニヤ板などを使うのはもったいない、リサイクルした物で何かを作ったらいいと言ったのを覚えている。確かに、文化祭の制作なら、段ボールやベニヤ板などは必要だが、今、次々と木が切り倒され、森林が減ってきているという時に、私達は知らず知らずのうちに、自然破壊をしていたのだ。この一首を読んで、また改めて考えさせられ、重要なことに気づくことができた。
(西陵中二年生)
[少しずつでも彼らがこんな意識を持ち続ける事を願っている。]

宮   本    有   希
海上の海豚のように体が伸び面一本が瞬時に決まる (夏残号)
何をしているのかな?剣道の試合をしているんだよ!二人、にらみあったまま全く動かない。突然、一方の人が相手に向かって飛び込んでいった。パーン……ホール内に快い音が響く。面が決まったのだ。面を決めたあの人は海の上をとっても気持ちよさそうに飛ぶ海豚のようにみえた。この歌を読んだとき、頭の中でこのようなイメージが浮かびました。剣道はやったことはないけれども、面を決めた人は気持ち良かっただろうなぁ。相手の人は、一瞬、面を決められるとき周りが真っ白になってスローモーションになったことだろう。 (西陵中二年生)