島  田   陽  子
山中の白き一筋那智の滝見ゆるは常に新しき水(那智滝)
 今号は年の暮れのあわただしい気分がそうさせるのか、自然を大きくうたった二首にひかれました。「山々の間に雲湧けばくっくりと北摂山稜人並むごとし」。どちらも視線を遠くへ放つ心地よさを思い出させてくれます。人事のうたに打たれたり、共感したりするのも、こちらの心の状態に左右されているところが多々あります。つまりは読者の気まぐれです。すべての芸術作品の受け止められ方はそのようなもので、確かな基準はないと思えば「審査員変われば受賞作変わるそれだけたかが人決めたこと」となります。自分の納得できる作品を作れたらそれでよし、ということでしょうか。        (詩 人。豊中市在)
畑   中    圭   一
旅先の同室父と語り合い鼾をきけば安堵して寝る(那智滝)隣でいびきをかかれると、なかなか眠れないものであるが、久しぶりに旅先で同室に寝た父親のいびきは気にならない。それどころか、ぐっすりと眠っている父は健康そのもので、息子を「安堵」させるのである。この「安堵」ということばに深い愛情がしみ込んだ、さわやかな一首である。
 このほか次の作品にも共感をおぼえました。
◇今ここに生きているぞと思うことさえもなくなる跡形もなく
◇噛み砕く鰯の干物死も食べて生きる因果を味わいながら
◇一方で邪悪なものも育つらし中学校も社会の一部
◇腕時計おのが体の一部にて命終までの時刻みゆく

        (詩人。児童文学者。京都府在)
中   村    桂   子
轟々と絶えず地上を打ちつづく滝あり心鎮まりながら(那智滝)
風吹けば風に揺られて那智の滝見るたび心洗われてゆく

歌集の題にもなっている那智の滝。残念ながらまだ訪れたことがなく、絵や写真から想像しているだけなのですが、今回の歌集の中にある幾つかの歌から、その場の空気や滝の音を思い浮かべました。是非一度訪れたいと思います。実は昨日、西表島から帰ってきたところです。小さな島の中に大きな河、支流がたくさん流れ、滝もあり、水の力を感じてきました。生きものは水
に惹かれるのでしょうか。         (生命誌研究館館長)
三   浦    光   世
拳銃をみんな持ってるアメリカが核を持つなと小国に言う(那智滝)自らは核兵器を所有しながら、他国に対しては核を持つなというアメリカの身勝手さを、いつも腹立たしく思っていたが、拳銃をほとんどが所有していることと対照してのこの作、問題の中心をよく捉えていると深く感じた。すべての国が武器を捨て、国と国が戦わない日が来ることを聖書は預言している。この一首は全く大仰に言わずして、人間性を衝いている。口語的な平易な表現も効果的。 (三浦綾子文学館長。旭川市在)
加   藤    多   一
一方で邪悪なものも育つらし中学校も社会の一部(那智滝)学校とは何か。現在の日本では、それは「抑圧」の装置だ。国旗国歌を始めとして服装、髪型から発言のしかたまで、徹底的に「内心の自由」を抑圧し傷つける‥‥というような心情を作者はもっているようだ。国家権力の最先端でそれをやっている自己への傷みがあるから「野かNOか少し不安になっている人の字支え無くしてしまえば」というような歌も生まれる。教育基本法改悪は、憲法と「子どもの権利条約」違反。一クラス二十人以下にすれば、いじめも自殺も減るはずなのに識者も政府もシランプリ。私の見解です。 (童話作家。夕張郡長沼町在)
菅  沼  東 洋 司
轟々と絶えず地上を打ちつづく滝あり心鎮まりながら(那智滝)
 日本の反対側ブラジルにもうそろそろ半世紀。祖国、母国というものに特別の感懐もなくなりましたが、日本語だけは捨て得ない己のものとしていつもこだわりつづけております。日本語の繊細さ、それが短歌の大きな魅力。川添先生の歌の中に日本人である自分、異国に根を下ろした自分自身を再発見しております。「絶えず地上を打ちつづく滝」これは私の中に脈々と打ちつづける日本人の血でしょうか。(作家。ブラジル在)
野  村   一  秋
拳銃をみんな持ってるアメリカが核を持つなと小国に言う(那智滝)自分は持ってるくせに、ほかの国に向かって「持つな」なんて、よく言うよ。なんで、アメリカは持ってていいの? 抑止ってなんだ? 核がどこにもなけりゃ、抑止もへったくれもない。簡単なことだ。それなのに、そんな身勝手で傲慢な国といっしょになって、日本も小国に核を持つなと言う。どうせ言うなら大国にも言ったらどうだ。日本って、いじめっ子にくっついてる使いっ走りみたいなもんだ。強いヤツにくっついて言いなりになってりゃ、とりあえず安全だと。その使いっ走りが、いまにいじめっ子と肩を並べて闊歩してみせるぞと意欲満々らしいから、困ったもんだ。なにを考えているんだか。なんて、のんきなことを言ってる場合じゃない。日本は戦争をしない国なのだ。子どもたちを戦争にまきこむようなまねは許さんぞ!(作家。愛知県刈谷市在)
中   島    和   子
夜汽車しばらくを轟き過ぎし後コオロギ水の流れを歌う(那智滝)秋の夕方、車の窓を全開にして奈良と大阪を結ぶ国道を走っていると、虫の集く声が飛び込んでくる。鳴き声は同じ高さ、同じ強さ、同じリズムで途切れることがない。時速数十キロで走っている車の後部座席に、いつのまにか虫が一匹乗り込んできて、大きな声で歌っているような錯覚に陥る。何万匹、何十万匹(あるいはもっと)もの虫たちの合唱は、単調で面白みに欠けるけれど、毎年この時期に繰り広げられるコンサートを、とても楽しみにしている私である。 (詩人。児童文学作者)
川    口       玄
山中の白き一筋那智の滝見ゆるは常に新しき水(那智滝)散文的で歌の作れない私にとって川添短歌は、いつも楽しく感服しながら拝読していますが、今号は何故か「なるほどなるほどその通り」という歌が多かったです。「金持ちの人が格差の議論するテレビを切りて町に出でゆく」「冷酷で小狡く生きていく術も混ぜて授業の大方終わる」(いい先生です。)「山々の間に雲湧けばくっくりと北摂山稜人並むごとし」(十一月二十五日は一庫ダム近辺の山へ行きました)十日前ほどに、ぎっくり腰になりました。「腰痛の鍼の痛みはピリと来て心に沁みて快感残す」と。写真や、絵でも昔から那智の滝は単純な一筋の水ですが、まさに御歌の通りだと感服しました。    (『大阪春秋』元編集長。)
神   野    茂   樹
審査員変われば受賞作変わるそれだけたかが人決めたこと(那智滝)他にも「金持ちの人が格差の議論するテレビを切りて街に出でゆく」「拳銃をみんな持ってるアメリカが核を持つなと小国に言う」「いにしえも正義も悪もいかならん大方勝者作りしものを」など、この世の不条理、ボヤキ歌が気に入りました。二月五日午前二時(日本時間)インド洋上空にて。(『大阪春秋』顧問)
鈴   木    悠   斎
拳銃をみんな持ってるアメリカが核を持つなと小国に言う(那智滝)「原爆二発前科二犯のアメリカが核を持つなと小国に言う」「前科国に核を持つなと言われてもそりゃ聞こえませんとキムさんの言う」「被害国が加害国の核の傘相合傘と悦んでいる」「その昔天皇今アメリカの醜の御楯と出で立つ日本」「フセインが死刑と言うならブッシュさん五六回分の人殺してる」「ブッシュを地球の藪医者と言ひしことようやくアメリカも認め始めぬ」今回は川添さんの歌に和して下手な歌で返しましたが、川添さんを出汁にして自分の言いたいことを言っているようで誠に相済まんことです。 (書家。大阪寝屋川在)
佐   藤    昌   明
新ためて心と神を思いおり滔々と水は瀞峡下る(那智滝)平成十四年冬の四ヶ月間、関西、四国を車で旅した時、熊野を訪れ、瀞峡で遊覧船にも乗った。締め切り間際の乗船者は私たち夫婦二人だけ。夕暮れ時の瀞峡の、滔々と下る水をかき分けて進んだ様を印象深く思い出す。有神論者でもなんでもない私たちだが、やはり熊野は何かしら神の存在を意識させられる所。それらを代わってサラッと詠み上げてもらえたような嬉しい歌。(網走在)
井   上    芳   枝
旅先の同室父と語り合い鼾を聞けば安堵して寝る(那智滝)お父様の傘寿の記念に熊野三山への旅。すてきな親子の姿が浮かびます。お父様の喜びは如何ばかりだったことでしょう。お父様との夜の語らい、うらやましい限りです。私は父を五十歳で亡くし、何一つとして親孝行が出来ずに残念です。何だか急に父に会いたくなりました。「お父さん!そちらの暮らしはいかがですか。母も姉も妹もいて賑やかなことでしょう。」親子の情愛がしみじみ、しのばれる歌です。(中学校時代恩師。北九州八幡在)
井   上   冨  美  子
風吹けば風に揺られて那智の滝見るたび心洗われてゆく(那智滝)流氷記「那智滝」を手にし、表紙を拝見した時、十年前に思いを馳せました。まだ猛暑の頃八月下旬、伊勢から熊野をまわり、熊野本宮、速玉神社、そして那智の滝へとまいりました。無宗教の私でさえ何か神らしきものを肌で感じたものでした。まわりの方々も無心の境地で那智の滝を眺めておりました。きつかった階段を登りつめて、やっと視界にあらわれた那智の滝、疲れも忘れ滝の流れ落ちるしぶきを受けながら、しばし佇んでおりました。訪ねてきて良かったと心から思ったものです。自然の持つ大いなる力に抱かれ幸せな気持ちになったことを思い出させていただき感謝しております。「もっと人生を楽しみ暮らすとよ!母の遺影が笑いつつ言う」お母様のお人柄が滲み出ていて、心に残りました。(網走二中元教諭。網走市在)
小   川    輝   道
拳銃をみんな持ってるアメリカが核を持つなと小国に言う(那智滝)アメリカの自己矛盾を美事に捉え痛烈である。啄木が「墨をぬりつつ秋風を聴く」と植民地化されていく朝鮮国を詠んだように、どこかさみしく、悲しさをたたえているところに、時局詠に向かう歌人の心が感じられる。川添さんが時々詠む作品にもそれらが散見されてきた。かつて先住民を迫害しつくし現代を生んだアメリカが、正義をかざして一国主義的攻撃や経済制裁に走っている世界は、困った原理主義やテロを招き寄せているようにしか思えない。復讐の連鎖のもたらす不幸を前に、三十一文字の表現に込めた川添さんの申し立ては純粋で鋭いと思う。 (網走二中元教諭。北見市在)
葛    西       操
母居ればもっといいのに金木犀匂うことふと告げたくなりぬ(那智滝)この歌を読んでいるうちに、この度先生がお父様を傘寿のお祝いに那智の滝や熊野三山にお連れして、本当に最高の親孝行でしたね。なかなか思っても出来ないことです。お母様が健在でしたら最高の親孝行でした。先生が詠んでおられるこの歌を読んでいるうち、きっとお母様も天国でお喜びになっておいでと思っております。私も一度、父亡き母を伴って松島を見物したことがあります。親孝行したいときには親はなし、というのは本当ですね。今年ももう終わりに近づいてきました。どうぞお体に気をつけてお過ごし下さいませ。(歌人。北見在)
安   森    敏   隆
腰痛の鍼の痛みはビリと来て心に沁みて快感残す(那智滝)「ビリ」ときたのは、まだ良い方なのだろう。結句に「快感残す」とあるので‥‥。私は先日「グニュ ぐにゅ」ときた。これで二回目だ。しまったと思ったが、あとのまつりで、そのままそのまま「ぐにゅ ぐにゅ」とへたりこんでしまった。いわゆる、ぎっくり腰である。あとはどうしようもなく十日間、ほとんど何をすることなく天井を見ていた。引野収さんは四十年間、天井をみて仰臥のままで歌を詠みつづけられた。私は、この十日間で上田三四二の本を十五冊読んだ。〈生〉と〈死〉について深く考えさせられたことである。(歌人。同志社女子大学教授。「ポトナム」)
桑   原    正   紀
母居ればもっといいのに金木犀匂うことふと告げたくなりぬ(那智滝)川添さんは折々亡き母の歌を作っておられるが、いずれもしみじみとした情感が通っていて胸を打たれる。この歌も然り。たぶん、かつて母上が健在だったころ、金木犀の花の香りが好きで、毎年のようにその香りの良さを作者に語っていたのであろう。母亡き今、作者は「お母さん、今年も金木犀が咲きましたよ」と告げたいという。こうして死者は、折りにつけ生活の心に鮮やかによみがえる。そしてまた、作者も線モクセイの香りが好きなのだ。初二句の「母居ればもっといいのに」の「もっと」がそれを著して良く効いている。(歌人。東京都在)
込   堂    一   博
流氷が時に接岸するように母よ戻って声掛けて来て(悲母蝶) 最愛の母を失った作者の悲しみの叫びは、天にも地にも響き渡るようである。幼き時より、どれだけ愛され、いつくしみを持って育てられたのであろうかと思う。もちろん、思春期、青年期、母親に激しく反撥したこともあったに違いない。しかし亡きお母さんは、一貫して我が息子を信頼し、愛し受け入れて来られたのであろう。その広き海のような母の愛に、作者は癒され、心の拠り所を見出したのであろう。厳寒の冬、北方から流氷が来て、接岸するように、母よ、再び自分に、あの優しき声を賭けてほしいと願う作者の思いは、読む者の心を打つ。(牧師。旭川在)
名    越      環
五七五七七指を折りながら歌えば視野はドラマとなりぬ(那智滝)あさふとTVをつけていたら、俵万智さんが昨秋から仙台に住んでおられるそうだ。サラダ記念日の大ブームから二十年という。あの頃、私も駄作をいくつか詠んでいたものでした。二月の網走で偶然お会いすることができて、ご縁があって「流氷記」も送っていただきました。ただただ感謝いたします。五七五七七と指を折りながら、川添さんでも歌うのだなと少々安心致しました。現役中学生の皆さんの瑞々しい感覚と触れ合えて心からの感動を覚え、日々読み返しております。(仙台三浦綾子読書会。仙台在)
高   岡    哲   二
色欲の褪せてゆきつつ見聞きする罪さえ犯す人はかなしも(思案夏)この一首に魅かれましたが、批評、感想は書けません。何度か読むことによって、この一首の良さが分かってくる気がします。下句、「罪さえ犯す人はかなしも」には、深い人間の思い、原罪のようなものを感じるのは、私だけでしょうか。「色欲」と大胆に表現したことによって、人間の生への欲望が浮き彫りにされて迫ってくる。老いへの階段をゆっくりとのぼっていくのか、味わいのある一首である。(歌人。奈良県宇陀市室生在)
前   田    道   夫
嚔すら起爆となりて我が体こころぎっくり腰に怯える(那智滝)人体は一箇所でも打ったり傷が付いたりした所があると、そこが思わぬ所と通じているのを知ることがある。私も雪のベランダに出て転倒し脇腹を打ったことがある。大したことはないと思っていたが咳をすると激しく痛んだ。況してや、ぎっくり腰ともなれば一寸した嚔であっても相当強く響くものであろう。「嚔すら起爆となりて」といっても決して大袈裟でなく「こころ怯える」といった気持ちも同情を寄せられるところである。一首、老いた身にとっては、ひとしおつまされるものがある。
松   永    久   子
冬山の青岸渡寺を出でて見ゆ白き一筋ただ動くのみ(那智滝)厳しい冬山の静寂の中に静かに一筋の水だけが落ちている。かそかな動、静と動との荘厳な風景。那智の滝を捉えて妙なる一首と思う。青岸渡寺の名詞がまことによく効いている。「山中の白き一筋那智の滝見ゆるは常に新しき水」遠景に白く張り付いたような滝を下句「新しき水」この当たり前のことを、どれだけの人が意識をもって眺めているだろうか。作者のこの素直な発見を初々しくおもしろいと好感を持つ。「もっと人生を楽しみ暮らすとよ!母の遺影が笑いつつ言う」「暮らすとよ」味わい深い方言。大人の息子へ語りかけるぴったりの母の憶いがしみじみと胸に迫る。方言の勝ちですね。(歌人。京都市在)
小    石      薫
橋あれば橋渡りゆく安威川に白鷺一羽足浸し佇つ(那智滝)人のため作られた橋。多くの人が橋を行き交います。それぞれの暮らしを負うて人は生きています。橋から見える安威川には白鷺が一羽、餌を求め降りたのでしょうか。鳥には鳥の暮らしがあることでしょう。作者自身も白鷺も風景の中で一体となり溶け合い、あるがままを写し取っていて余韻のあるものとなりました。自転車はかくぴったりと貼り付いて進むよ丸い地球の横を おもしろい視点ですね。 (歌人。東京都在)
高   階    時   子
全神経集中させて杖と行く全盲なれば声掛けず過ぐ(那智滝)
 この一首の前に「二三夫さん歩めば千賀子さん無事と思いて勤めの学校に行く」と、二三夫さんのことを詠んだ歌が二首ある。掲出歌の全盲の人もこの二三夫さんだろう。声をかけたいけれど、白杖をたよりに歩いている人のことを思って、あえて声をかけないでいる。声をかけることによってその人の集中力を妨げないように。さらりと詠んでいるようにみえるが、一読してほっと救われた気持になる。さらにまた、懸命に杖を先立てて歩いている人の姿が浮かび、粛然とする。一首の中に「全盲」という強いことばがあることも重要なことだろう。「全盲」であるからこそ、「声掛けず過ぐ」が生きてくるのだ。(歌人。兵庫県滝川町在)
古   川    裕   夫
納得のいく歌だけを作りたい職人川添英一でいい(那智滝)思わず目が留まってしまった。作者は職人と云う言葉を持ち出して自身を卑下している如く見せているが恐らくそうではなかろう。奥には職人などにはなるものかと云う烈しい意欲が潜んでいるのだ。職人的歌人を忌み嫌っているのだ。それを態に持ち出して、職人的歌人で終わるものかと逆説的な思考をぶちまけたのだ。川添英一は職人的歌人でない。歌人である筆者にはよく分かる、納得している。高く高く生きて行って欲しいものだ。ねえ、川添英一君! (歌 人。大津市在)
甲   田    一   彦
五七五七七指を折りながら歌えば視野はドラマとなりぬ(那智滝)短歌の醍醐味はやっぱり五七五七七の定数律の中にあると思っています。だから、この歌に出会って恋人に巡り会ったような心のときめきを感じました。作歌に没頭していると、無意識に指を折っていることがよくあるものです。この一首の命は下の句にあります。「指を折りながら作れば」なら誰でも思い浮かぶ表現と言えますが「歌えば」となり「視野はドラマとなりぬ」と展開していくところは、余人には真似の出来ない世界だとつくづく感心しました。                 (歌人。高槻市在)
唐   木    花   江
冬山の青岸渡寺を出でて見ゆ白き一筋ただ動くのみ(那智滝)まず静寂を思う。冬山と青岸渡寺という色彩の清浄さ、白い一筋の滝。佐藤佐太郎の那智の滝を詠んだ名歌をすぐに思い出した。短歌の一首性を考えるならば「白き一筋」だけでは表現しきれないかもしれないが、テーマが「那智滝」なので読者にはわかるだろう。「審査員変われば受賞作変わるそれだけたかが人決めたこと」受賞の茶番を物語っていて痛烈である。特に歌壇では結社間の談合受賞が明らかに露呈されている現状で、短歌は滅びに向かうのではないだろうかと危惧される。いつか賞の信用を失うだろう。
塩   谷   い さ む
すんなりといかない方がいいのかもなど青空は教えてくれる(那智滝)物事は総てすんなりと行った方が良いと思うが、何か物足りない思いにかられると、青い空を眺めて作者は考えているのだ。パスカルが言ったように人間は「考える葦」である。「いいのかも」のフレーズで立ち上がったこの歌に考えさせられている。「生きている間は現代仮名づかい清少納言もテキパキと言い」「審査員変われば受賞作変わるそれだけたかが人決めたこと」前者に現在の「漢字審議会」の無能を嘆き、後者に時の流れを思う。要は物事に一喜一憂をせず、生きていけということか?長生きをして教えられている。(歌人。東京都在)
萩   岡    良   博
父のあの頃の年齢なのだろう黄葉見つつ日々早く過ぐ(那智滝)「流氷記」第五十号発行おめでとうございます。そのひたぶるな短歌への情熱に感服することしきりです。さて、あとがきによれば、第五十号はお父さんの傘寿記念の那智滝行。「冬山の青岸渡寺を出でて見ゆ白き一筋ただ動くのみ」という簡潔な羇旅歌も心に残りましたが、掲出歌の、仕事に追われて過ぎる秋の日常にふと心を過ぎった呟きのような一首に長く立ち止まりました。加齢しなければ見えてこない心情があります、特に父の心情は。黄葉しなければ見えてこない樹木の美しさもあります。その二つが微妙にしらべに響きあっています。短歌はふと過ぎる永遠の相を一瞬にしてしらべにとどめる器です。朔太郎は「父は永遠に悲壮である」と言いましたが、川添さんのような息子がいれば、その悲壮感も少しは和らぐのではないでしょうか。(歌人。奈良榛原在)
堤       道    子
まだ来ぬと冬の電車を待つ人ら己れの死までの距離も縮まる(燃流氷)季節は冬。「流氷記」の背景は厳冬の二月頃で、私が筆を執っている今二月中旬。流氷祭りが始まったと報ぜられる。冬を生き抜いて生命の芽は萌える。この冬を乗り越えることが生身には大変に辛いこと。電車を待つ人々は、待つ時間だけ刻々と生の果てに近づくことを感じ取っているだろうか、と作者は厳しい目で人々を見る。作者の目は他者の様相から、世の中の見えなかった襞の中、有り様を掬い出して読者に見せてくれていると考える。(歌人。北海道芽室町在)
林     一    英
全神経集中させて杖と行く全盲なれば声掛けず過ぐ(那智滝)失明している人に対して、私は特別の気持ちを持っている。私が中学一年の時、四十歳だった母は突然失明し、それから四十年近くを祖母と父の介護を受けて生きた。杖にすがって歩いている盲者に会うと、私は声をかけずにはいられない。だが、一歩一歩を前へ進めることに全神経を集中せざるを得ない人にとって、突然はたから掛けられるそんな励ましの声は‥‥相手の身になって「声掛けず過ぐ」川添さんのあたたかさ、優しさにハッと心打たれ、今までのわが身中心の同情に深い反省を強いられた歌である。
川   田    一   路
生きのいい魚の跳ねるその跳ねの鍼の痛みはときめきに似る(那智滝)ツボを射とめられた時の身体感覚。それは筋肉の痙攣があたかも魚の跳ね上がる時のような恍惚を伴うと言われれば、ごもっともと諾なわざるを得ない。説得力がある。そしてその痛みが痛いを癒してくれるであろうという期待感。そのときの時めき感を伴うこと。これまた確か。比喩が妙に実感を呼び込む一首である。 (歌人。京都在)
横   山    美   子
視野に吸い込まれるように進みゆく自転車とかく一体となり(那智滝)なるほど!自転車に乗っているときの感じはその通りである。川添英一氏は、現在五十代の中学校の先生であられるというのに、どの歌も若々しくて、青年のようである。心の若さが、氏の多作の大きな原動力になっているのであろう。他に惹かれた歌「夢ばかり次々出でて朝方は現つも夢の一つとなりぬ」生きてゐるという現実も考えようによっては夢なのですね。私達は何をあくせくしているのでしょう。私達は歌を詠うためにこの世に生まれ、生きているのかも知れないのに‥‥。(歌 人。川西市在)
小   原   千 賀 子
自転車はかくぴったりと貼り付いて進むよ丸い地球の横を(那智滝)自転車の車輪の円と地球の球形が浮かび上がるような楽しい歌。実際には比較できないほど大きさが違うものなのだが、この歌を読むと、自転する地球に接しながら動いていく自転車のイメージが生まれ、まるでアニメーションを見ているようだ。一般的には「地球の上を」と表現されるだろうが、「地球の横を」といたのも、作者の感じ方がよく表れていると思う。自転車は車と違って、風や自然や人々の動きをよく感じられていいですね。
水   野   華 也 子
近づけば蓮池ざわと揺れてくる一瞬ありて鎮まり戻る(思案夏)事実は風が通った一瞬なのでしょうが、それだけでない広い蓮池の圧倒的な存在感が迫ってくる感じがします。風だけでない何かが渡っていったようでもあり、現のある時、ふと体感する異次元との交感のような一瞬、そんな感覚を思い出しました。人気のない蓮池に来て、ふと気をゆるした孤独なこころを思います。
森     妙   子
笑っている眉毛のような雲一つ見上げてばかり十月の朝(那智滝)雲は遠くにあって身近な存在。気が付くと私は雲を見ていることが多い。そのふんわり感が愚痴や悲しみを吸い取ってくれるからだろうか。雲が笑っているような日は何もしないでずっと見ていたい。夕方が闇へと変わるゆうらりとエノコロ草は光をまとい 夕暮れの淡い光が濃いむらさきを混じえながら闇へと変わっていくその短い時間が好きだ。いつ見ても見飽きず、今日よりきっと素晴らしい明日が来ることを信じている。そう、エノコロ草だって一瞬の光をまとっているではないか。(歌人。和歌山県橋本市在)
福   井   ま ゆ み
メモ取らぬままに忘れし歌幾つ脳裡に沁みて日が沈みゆく(夢一途)ある歌友に、歌はどうやって作るのか尋ねてみた。その人は「天から自分のところに歌が降りてくる」と表現した。私はどちらかと言うと、そこいらの空中に漂っている言葉をすくい取って来る‥‥といったイメージである。作者は忙しい日々の中でメモに取れなかった言葉の断片を残念に思い、日没時のあかあかと燃える太陽を見つめている。作者の思いは、失くした言葉だけでなく、それまでの人生での取り返しのつかないことにまで広がっていくようである。(歌人。高知市在)
松   野    幸   穂
すんなりといかない方がいいのかもなど青空は教えてくれる(那智滝)この歌を読んだ時、私は自分が高校生だった頃に校舎の隙間から見上げた真っ青な空を思い出した。成績や進路のことで悩んだり、うまくいかないことが多くて、鬱々としていた私を救ってくれたのは、頭上に広がっていた抜けるような青空の存在を感じとるひとときだったからだ。社会人になった今でも、やっぱりすんなりとゆくことばかりではない。けれどあの頃と同じく青空の下で生きているのだと思うと何故か少し気が楽になる。うまくいかないこともまた良し、と青空は教えてくれるのかもしれない。作者の気持ちに素直に共感を覚えた。(歌人。岐阜県木曽郡在)
大   橋    国   子
夕方が闇へと変わるゆうらりとエノコロ草は光をまとい(那智滝)枯れ枯れに成ったエノコロ草。それが風に吹かれている様子は、何だかとても寂しいものですが、他者を気にする事なく、ゆったりと自分らしい生き方をしている人達のようにも思えたりします。夕日が落ちる頃等は、一層あの小さな粒のような毛のような物の並んでいる草は映えています。やがて夕方が闇に変わっても、小さく揺れながら強く生きています。ごく自然に‥‥。人間も、雑草のように、あんなふうに生きられれば、結構身を長らえられることが出来るのかも‥‥。    (歌 人。高槻市在)
山    本       勉
橋あれば橋渡りゆく安威川に白鷺一羽足浸し佇つ(那智滝)高槻市へ移る前に十五年余り茨木市に住んでいた。茨木ドライビングスクールに近い桑田町である。自転車で五分ばかりのところに安威川が流れており、三頭の犬を遊ばせていた頃が懐かしい。詠まれている「橋」とは、どの橋なのか分からないが、私が常に通り、その下で犬を遊ばせていたのは先鉾橋だ。その橋を渡った所に元・浪商学園がある。安威川と聞いただけで、三頭の犬を見送ったことや、ジャスコの出来るのを見守っていたことなどが懐かしく思い出され、この一首を選んだ。「二三夫さん歩めば千賀子さん無事と思いて勤めの学校へ向く」小原ご夫妻を詠われた三首が私の目を引いた。千賀子さんは一時期、北摂短歌会に来ておられた美しい方である。ご主人とはお会いしたことはないが、千賀子さんから聞いていた。川添さんは、通勤途上でしばしば千賀子さんと会っておられる。この三首で小原さんご夫妻の消息が分かり、ほっとしている。(歌 人。京都府亀岡市在)
美   野    冬   吉
冬山の青岸渡寺を出でて見ゆ白き一筋ただ動くのみ(那智滝)本号は「那智滝」と題されており。巻末に近いほうに幾つか熊野を読んだ歌が配置されている。ここにあげた歌は、明らかに佐藤佐太郎の有名な一首「冬山の青岸渡寺の庭にいでて風にかたむく那智の滝見ゆ」に倣っているが、佐藤の歌が、景観全体を静的な一幅の絵となしたような印象であり、景色自体を歌の主人公とした印象であるのに比べ、観ている人間の主体が中心となって、景色の中の滝に焦点が合わせられており、見る者の心と対峙している滝の動的な存在感に重心があるように感じた。轟々と絶えず地上を打ちつづく滝あり心鎮まりながら有名な芭蕉の一句、「静かさや 岩に染み入る 蝉の声」の境に通ずるものがあるように感じられた。滝の持つ清涼感がじかに伝わって来るような感じのする一首。信仰対象ともなる厳かな滝の有様をよく写し取っていると思う。那智の滝を詠んだもののうちでは、私はこの一首を一番に推したい。山中の白き一筋那智の滝見ゆるは常に新しき水 絶え間なく滔々と流れ落ちてくる大量の水の流れに、圧倒的な自然の大いさを感じる。スケールの大きい自然に触れる時、この大世界を構成している神秘的な何物かの見えざる力に対する畏敬の念が湧いてくる。 (歌人。東京都在)
池   田    裕   子
大宇宙わずかに変わるとも見えずたちまち人も地球も滅ぶ(那智滝)何時かブラックホールに吸い込まれていくであろう地球を思う。それでも宇宙は何も変わらず広がり続けているだろう。ちっぽけな地球の上で何と多くの事柄が起きているのか。世界中が戦の中であり悩み苦しむ子供達があり、日本は損得ばかりの権力者の落ちた姿が連日テレビにある。隠れた部分が現れ始めたのか、正義なのか暴露なのかが時代と共に変化する。善悪も混沌としたなかで、どのように生きたらよいのか常に自分に問いかけている。それでも大自然の脅威は洪水や竜巻、地震、台風と、限りなく人間の無力を知らされる。だからたまには独りの時を自分にプレゼントしたらどうだろう。知らない街を歩いてみたり、ぼんやり坐っているのも良いなー。私の夢はそんなふうに膨らんでいく宇宙からみた一瞬の命、そのまた一瞬を大らかに生きたいと思う滅びるまでの夢として‥‥。       (歌 人。高槻市在)
国   田   恵 美 子
五七五七七指を折りながら歌えば視野はドラマとなりぬ(那智滝)指を折りながら、えっ!川添先生が?思わずクスッと笑えて、失礼ながら親しみを感じました。私も右の手の指は五七五七七を暗記していますが、歌がなかなか納まってくれません。そんな訳で指導して下さる甲田先生には申し訳なく思っていますが、北摂短歌会の皆様にぶら下がって楽しんでいます。(歌人。高槻在)
藪   下   富 美 子
人生は所詮ギャンブルなのだろう明日の命を誰も知らない(那智滝)本当にそうですね。でも考え方を変えれば先々の事がわかってしまえば生きてはいられないと思ってしまったり‥‥身の程知らずの欲を考えたり、実力も及ばないものに手を出したり、実に人生は賭けですね。現実的に生きる上では山あり谷ありです。第五十号の中に幾首も詠まれていますが、お父上共々御家族で那智山青岸渡寺へお参りされ木々の間を吹き抜けてくる風にも気付かれ、また那智の滝も見られ、阿弥陀様のお慈悲に包まれていることを実感されたのではないでしょうか。深い心の安らぎや明日への希望を感じて現実的に生きていきましょう。(歌人。高槻在)
青   木    静   枝
去年とは違う金木犀の花匂えば心浮き立つばかり(那智滝)
母居ればもっといいのに金木犀匂うことふと告げたくなりぬ

金木犀が大好きとお見受けします。私も大好きです。どこからともなく漂ってくる香り。どこで咲いているのかな?‥‥キョロキョロと探す‥‥そんな光景が目を掠めます。まだ厚さの残る頃の心地良い風に乗って香りが漂ってくる、何か嬉しい幸せな気持ちになります。私も同感です。お母様も大好きな花だったんですね。知らせてあげたいとお思いになる先生も、お母様もお幸せだと思います。私も子供達がそうあってほしいと願います。(歌人))
高   田    禎   三
梨の実の芯の辛さも少し食べ勤めに出でん我慢もあれば(那智滝)中学校の現役の教師である川添先生にとって、職場では我慢しなければならない事も多いと思われます。その思いが梨の辛い所も「少し食べ」という所によく出ているようで共感しました。梨は瑞々しくておいしい所がたくさんあります。教育現場も同じで良い思いもたくさん味わうのですが、時には誠が通じず辛い思いもしますね。もう一首、「審査員変われば受賞作変わるそれだけたかが人決めたこと」この歌にも、日頃私も思っていたことで共感しました。(歌人。元教員、高槻市在)
山   川    順   子
もっと人生を楽しみ暮らすとよ!母の遺影が 笑いつつ言う(那智滝)いろいろ考えさせられながら最後のこの歌に思わず笑いました。さすがにお母様わかっていますね。あの世からも心配していますよ。でもこれは本人が一番知っていて出来ないこと、私は名の順のようにおとなしく素直でないし、亥年生まれ。赤信号で皆が渡って行き、一人ポツンと残り、私の方が悪いような思いは数知れず、ならば渡ればと言われても、意地張りの人生を四八年続けて、今から皆に合わせて右、左とは行けない損?な性格。人間として最低のルール、マナーが死語の今は、他人のする事には目をつぶるしか心穏やかになれないのかと日々暮らしている。               
柴   橋    菜   摘
論争といえども人を悪しざまに言えなくなりて独りとなりぬ(思案夏)私も論争はどうも苦手でついつい思うことを呑み込んでしまう。面と向かい合って言うのは尚更、勇気とエネルギーが要る。ぶつかれば同じかそれ以上のものが跳ね返るように思う。多分臆病で、狡いのかも‥‥。でも、自分にとって気持ちの良いものではないことを知っているのだ。そして「独りとなりぬ」に集約される。この一首は自己分析の機会を与えて頂いたようである。 桜木は我かと思う次々に泪のごとく花びら落とす(桜一木)  
伊   藤    勝   子
詠わねばいられなくなる瞬間は言葉が躍る神宿りつつ 先生が詠むうたは、先生の純粋な心を借りた、神様の言葉のように思われます。この歳になると、自分のこころに反するような人付き合いがとても億劫になります。こころ触れ合う数少ない友とのひと時が一番自分に素直なような気がします。先生の目は何処を詠んでも真っ直ぐに物事を捉えているので、私のような民宿のおばさんでも、頷きながら愉しませて頂いています。本田重一さんの 一年を無事に生きたらまた一年生きてみたいと妻にだけいふ(耕凍)お会いした事のない本田さんと奥さんですが、この会話の時のお二人の心を思うと胸が詰まります。(佐呂間町富武士在)
中   島    タ   ネ
納得のいく歌だけを作りたい職人川添英一でいい(那智滝)毎回流氷記を頂くことで私を癒して下さって四年が過ぎようとしています。月日の流れが早く、あっという間に終わるようです。今の時代、学校教育の問題、特に中学生のいじめや自殺など、国会でも議論されている教育者であり、その職務を人一倍生徒に対してもまた周りの人々にも、寛大な優しいお心で接しておられる。それだけで、このお歌のように、納得のいく歌を作り続けて下さいませ。それから、遺影のお母様がおっしゃるように、もっと人生を楽しみながら自分にも優しく暮らして下さいませ。後になりましたが、五十号完成おめでとうございます。大変だったことでしょう。まだこれからですね。(福岡市在)
高   田    暢   子
真実は譲らずされど攻撃は極力避けて生きてゆくべし(思案夏)最近二十歳が過ぎ、大学ももう残り一年と少しとなり、少しずつ大人の社会に近づいている感じがする。攻撃は避けたいけれど、いつの間にか攻撃したり、支配をしている大人、攻撃させないため鉄の鎧を何重にも着ている大人。ずっとありのままの自分で生きていくことはとてもとても難しいことのようだ。私も社会に出て、人に騙され、傷つけられれば鎧を着て、自分を必死で守るようになるのだろうか。その時、自分を見失ったりしないだろうか。将来に対する不安に不意に襲われる今日この頃。(西陵中卒業生)
小   西    玲   子
感動の心が徐々に失せてゆく人にまみれて日々過ごしつつ(桜一木)私は、日々感動することが多くなった気がします。昔よりもさらに心が敏感になった気がします。少しずつ色んな人に出会って、悲しさを乗り越えたり自分を見つめ直したりすることによって、たくさんの小さな幸せや、人からの愛情がこんなにも自分のパワーになっていることをさらに実感しました。色んなことに気付くようになって、さらに涙もろくなりました。最近思うのが、それが「私」なのかなと思います。素直に生きていたいと思います。人に優しくできる強さと、自分を見失わない強さと温かい気持ちを忘れずにいたいです。     (西陵中学校卒業生)
奥   田    治   美
めまいして倒れるたびにこの視界こそが最期か目を凝らし見る 「この視界こそが最期か目を凝らし見る」という部分に心を強く打たれました。私は最期に何を見るのだろうか。最期に何を目に焼き付けることができるのであろうかと考えさせられました。かくれんぼ隠れたままに日が暮れる母らこの世に戻っておいで これもまた胸にじわりと、それでいて矢のように響き渡りました。私の感性と語彙力では、これらの短歌の感想を書くのには、まだまだ足りないと実感させられてしまいました 。 (西陵中卒業生)
平   岡    勇   作
めまいして倒れるたびにこの視界こそが最期か目を凝らし見る(思案夏)もはや何が起きてもおかしくない今の世の中、ちょっとした立ちくらみで、私ももしかしたら…と思ってしまう次第です。生きる過程で見る景色は、感動や興味が無い場合は必ず忘れていくもの。悲しいヒトの記憶は都合の良いものばかり。私は万が一に備えて、度々目を凝らし見る毎日です。 (西陵中卒業生)
神   田    理   博
人生は所詮ギャンブルなのだろう明日の命を誰も知らない(那智滝)最近、飲酒運転による事故死などで、何の罪もない人々が亡くなったり、大怪我を負ったりしています。その人達はその日の前日まで、明日にも続く毎日を楽しみにしていたと思います。それに、北朝鮮に拉致された人も同じです。普通の生活をしていたのに、いきなり拉致されて、慣れない環境で無理矢理生活させられる。された本人はもちろんだけど、その家族も、もっと苦しいと思います。こんなふうに自分の人生には何が起こるか分かりません。そんな意味ではギャンブルだと思います。(西陵中卒業生)
大   西    美   帆
山中の白き一筋那智の滝見ゆるは常に新しき水(那智滝)滝は上から下へ力強く落ちていきます。その姿を見たとき、励まされているようできっと元気になれると思います。それはきっと自然の偉大さと素晴らしさを感じるからだと思います。真っ直ぐで白く、いつも新しい水で流れている‥‥。これは人に真っ直ぐでいつも白く、力強く生きなさいと言っているような自然の大きさを著している素晴らしい短歌だと思いました。 (西中学校三年生)
山   川    悠   貴
拳銃をみんな持ってるアメリカが核を持つなと小国に言う(那智滝)拳銃も核も人を殺すための武器(兵器)ですよね。こういう皮肉な歌、好きです。日本では、拳銃なんてごく一部の人しか持ってないけどアメリカなどの外国へいったら、「えっ?銃をもってないなんて危ないよ」といった感覚なのかもしれません。全世界で一斉に武器撲滅とかできないものでしょうか。 (二年生)
馬   場    梨   江
きもい死ね言わず堂々批判せよ自分に返ること覚悟して(那智滝)今教室の中で飛びかかっている言葉、それは「きもい・死ね」です。先生に何か言われた時や、友だちとケンカしてる時、いろいろな場面で聞こえます。この言葉は、言った自分も嫌な気持ちになると思うし、言われた人も嫌な気持ちになると思います。この言葉は、無くしたくない命さえ奪ってしまうということを考えた上で言ってるんでしょうか。多分、後先考えずに言ってるんでしょう。いつか自分に返ってくるということも考えないで言ってるんでしょう。言われた人の気持ちなんて、全く考えてないんだと思います。私は、こんなひどい言葉を世の中からいつか無くさなくてはいけないと思います。(茨木市立西中学校二年生)
和   田   ひ と み
今ここに生きているぞと思うことさえもなくなる跡形もなく(那智滝)今、この場所で、この地を踏みしめて、こうして生きていられること‥‥これだけですごく幸せだと思います。ここに生きているから、私はいろんな人と出会い、また、さまざまなことにも挑戦していける、そんな自分があるのです。今のこの時代、私と同じ歳の子が、どんどん自殺し、命を落としていっています。その子達は考えないのでしょうか。あなたがいなくなってしまったら、必ずそれを悲しんでつらい思いをする人がいるし、何より自分自身がつらい筈なのに‥‥。こういう子たちが出てこないように、周りの人間はもっと《思いやりの心》を持たないといけないと思います。 (茨木市立西中学校二年生)
小   野    開   登
すんなりといかない方がいいのかもなど青空は教えてくれる(那智滝)人生の中では、自分が一番望んでいることは滅多に起こらないし、逆に、自分が一番恐れていることもなかなか起きません。だから、未来を予想することはとても難しいと思います。その予想は高い確率で外れるから、人生は楽しいのではないのでしょうか。全てすんなりいく方がいいのかというと、それは時、場所、出来事、そしてその人自身の問題です。しかし「予想外」だからこそ楽しめることがあると思います。全て当たりであるクジを引いても面白くありません。少し外れが、いや、むしろ外れの数の方が多いから、当たりを引いたときの喜びは大きいと思います。もし、当たりの方が多かったら、外れを引いたときのショックは過大に感じるでしょう。すんなりいかないから、良いことも悪いことも大きく感じられるのです。それは人生においても同じことが言えるのではないでしょうか。 (西中学校二年生)
石   丸    雄   一
一方で邪悪なものも育つらし中学生も社会の一部(那智滝)一般的に世論では、学校は大人社会を映すと言われるものの、自分はこの歌の通り、社会そのものであると思います。現在、社会では身勝手な理由の犯罪や、繰り返し起こる飲酒運転等による事故、政治家や警察官、医師等のあってはならない不祥事等の狂ったような事が連日起きています。そして、学校ではいじめ問題や学校崩壊が止まることなく進んでいます。これは、学校が社会の一部と考えれば不思議なことではないと思います。社会の狂った出来事の連鎖は間違いなく学校でも起こっています。しかし、逆に考えてみたことだけれども、学校を正せば、社会も良い方向に行くのではないかと思います。社会の一部で全体を動かすのは難しいことなのは確実です。しかし、必ず可能なことであり、必要なことと信じています。(茨木市立西中学校二年生)
山   崎    響   子
きもい死ね言わず堂々批判せよ自分に返ること覚悟して(那智滝) 今、この一首に書かれていることが、学年で一番問題になっていることです。一日に何回も学校で飛び交っている「死ね」や「きもい」の言葉は、言っている人も、言われている人も、いい気分には絶対にならないと思います。かと言って、誰か止める人がいる訳でもありません。この中で批判が出来る人はすごく勇気があると思います。いつか、この学校から、日本から、世界からこういう言葉はなくなってほしいと思います。(西中学校二年生)
中   野    泰   輔
笑っている眉毛のような雲一つ見上げてばかり十月の朝(那智滝)雲‥‥それは空に浮かぶ水滴の塊にすぎません。でも、もし雲に心があるとすれば、雲は地表よりずっと高い所にいて、地球の広い範囲を見渡せるのですから、人間が今、しでかしている事は雲には全てお見通しです。台風などは、人間のやっていることに対する怒りの表れだと思います。そう考えると雷を落とす入道雲は、怒りっぽい性格だとか、空にふんわりと浮かんでいる綿雲は優しそうな性格だというのが分かってくると思います。この歌にあるように、雲が笑っているように見えるというのは、たくさんの人間が良い行いをしているからかもしれませんが、一方でここ最近の異常気象に表されているように、だんだんと人間の行いに対して怒り始めている雲が増えているのかもしれません。人間がこの行為を改めなければ雲は怒り狂い、天変地異を起こすかもしれません。まだ雲が笑っている間に一人一人が今までの行いを改める必要があると思います。(茨木西中学校二年生)
田   寺    聡   子
トンネルは小さな川も流れいて一匹の鯉時折跳ねる(那智滝) 私は、トンネルは暗くて狭くて「なんて不気味な場所なんだろう‥‥」と思っていました。良い事なんて一つもなくて、生物が存在するなんて‥‥考えもしませんでした。本当のトンネルに生物が存在することはないだろうけれど、暗くて狭くて人間の目が届かない所にも生物は存在している。それは小さな生物は生きることに精一杯で、とにかく何事にも負けないように生きているということじゃないかなぁと思いました。そう考えると、私は何て勿体ない生き方をしているんだろう、と思いました。周りの小さな生物達は生きることに精一杯なのに、私は人間としてやるべきこと、やらなければならないことがまだ出来ていないからです。生きていることが、あまりに自然すぎてピンとこないけれど、これからはもっともっと自分が生きられていることに誇りを持ちたいと思いました。 (茨木市立西中学校一年生)
小   川    真   鈴
すんなりといかない方がいいのかもなど青空は教えてくれる(那智滝)何事も、すんなりと返事しないで、ゆっくり考えてから、返事を返した方がいいよと言っているような気がします。やっぱり大事なことなどを頼まれた時なんかは、良いことか悪いことかをちゃんと考えないといけないと思います。 (西中一年生)
山   田    雄   大
拳銃をみんな持ってるアメリカが核を持つなと小国に言う(那智滝)僕もこの歌を読んで、何かアメリカも変だなと思いました。北朝鮮などが核を持つのは怖いけど、水爆などもっとすごい兵器を持っているアメリカの方がもっと危険なのではないでしょうか。小国に核を持つなと言うのなら、まず自分が持つのをやめるべきなのにな、と思いました。(西中一年生)
瀬   野    実   咲
五万円払って買った電卓が今では百円ショップに並ぶ(思案夏) まず、電卓が五万円もしていたことにビックリしました。今では、普通に百円でお店に並んでいるのに‥‥。他にも、これが百円なの?っていうものもたくさんあります。改めて、時代は進化していってるんだな、と思いました。それで、今は百円で売られているけど、昔は一体何円で売られていたんだろう、と思ったりもしました。(茨木市立西中学校一年生)

雑記 二年ぶりの道東の旅で
◆九日女満別着。レンタカーで美幌峠から宇登呂へ。五時過ぎに宇登呂に着き、そこで絵葉書や知床のポスターなどを出している赤澤茂蔵さんとお会いする。僕が昔からあこがれていた人でとても素敵な人。十日朝、知床自然センターに、知床の山から朝日が上がるのを撮影。フレぺの滝のところまで行く。
 翌日、摩周湖、美幌峠を通って佐呂間へ。途中流氷の海を撮ろうとして鹿の群れに会う。すぐに日の出の知布泊の喫茶店。店主の七條一子さんは本田さんの死を聞いてびっくりしていた。彼の死の数ヶ月前、奥さんと共に訪れたということ。知布泊は文庫本流氷記の表紙の夕日の写真の所。標茶から摩周湖に上る。冬の摩周湖は初めてだったので感慨もひとしお。摩周湖は凍っていなかった。屈斜路湖へと下る。和琴半島で白鳥の群れを見ながら、本田さんと行ったことを思い出す。そして美幌峠へ。前日見えなかった湖がくっきりと見えた。前日留守だった女満別の本田重一さん宅へ。奥さんと息子さんと少し話を。勿論仏前に参り本田さんと聞こえぬ会話を交わす。それから佐呂間へ。佐呂間の民宿いとうでは伊藤勝子さんと楽しく話す。心の通じる人と話すのはとても楽しい。とても素敵な女性。佐呂間から能取岬へ。能取岬にはあまり流氷はなかったが、流れ着いた流氷の形が面白い。それから二つ岩へ。二つ岩の渚亭には網走二中時代の教え子がいるので、ちょっと覗いてみようと寄ってみた。宿には『三浦綾子文学の旅』の立て札が。何と三浦光世氏がいるではないか!早速挨拶へ。三浦光世さんもびっくり、そしてとても喜んでくれた。その日の七時から勉強会をここでするので、是非話をして欲しい、という話にまでなる。《燃えろ流氷》『続氷点』がこの文学の旅のテーマ。中川イセさん宅でお参り。井上冨美子先生宅へ。コンビニで資料作成して、七時に渚亭で読書会の人らと過ごす。二つ岩のこと、『続氷点』のことなどを話した。二つ岩の近くに網走二中があったのだから‥。そして光世さんの短冊「着ぶくれて吾が前を行く姿だにしみじみ愛し吾が妻なれば」や御本を戴いたりした。最後十二日の朝にも二つ岩に行き、光世さんからたくさんのお話しをうかがった。母の一番尊敬している人だっただけに、母の存在をも感じることが出来た。この三泊四日。夢のような旅であった。