晩夏へ(二号) 長い竹持ちて高見の杜に見しにいにい蝉を此の頃見ない したたかに街ふるわせて油蝉かつては森にかしましく鳴く 夕立の後の参道熊蝉が椿のようにぽたぽたと落つ 蝉の音に息を絞れば百億の宇宙の鼓動がわが裡にあり 午前五時二十分より蝉鳴きてわが血管のすみずみ巡る 百億の宇宙の彼方飛び迷う熊蝉銀の羽輝かす やがて死ぬ束の間時を受け止めてひねもす鳴きぬ蝉の音かなし 油蝉熊蝉競い鳴く朝は目を閉じて宇宙の果てに我がいる 我が頭蓋巨岩となりて油蝉熊蝉虚せをひびかせて鳴く 朝うつつ巨大な夏の電源を誰入れて蝉一勢に鳴く 突然の篠突く雨に揺れながら無花果の葉の低温ひびく 遠花火ひびく胡瓜を音立ててかじりて食べよ水の香の顕つ 竹林の中ひっそりと墓群れてツクツクホーシの音のみ聞こゆ 深呼吸の息吸うてより波の音寄せては返し身内を巡る 日没の後にますます青くなる海ありしばし夕焼けの下 赤とんぼ無数に群るる波の上ためらいにつつ日が沈みゆく 目つむりていても視界は変わらずにただ一面の漁り火の海 重圧を覚えしことも亡くなりて高安国世親しくなりぬ 若きにはあらねど今も貧しくて師の「若き日のために」読み継ぐ |
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