秋聲号(三号)

風吹かぬ夏の湿りを伝いくる貨物列車の土たたく音

土となり虫となりして眠るのみ飛行機の音しばらく聞こゆ

街路樹の下街灯に照らされて自転車はタイヤ外れて眠る

俺の死もこうかもしれぬ雨の音瓦をたたく突然に来て

わが内を巡る血なのかいつの間にリズムとなりし雨の音聴く

クーラーの音に消されし窓の外の木のざわめきが一勢に入る

雨上がり日が強烈に射してくる晩夏(なつ)透明の屋根続く町

赤トンボつがいとなりて眺めいる中学生あえぎながら泳ぐ

誘わるるごとく来ている薄明の風にひらめく蓮の群れあり

一通の言葉の向こうを気に留めて如何ともなきこの三日過ぐ

ひぐらしを聴かぬまま夜の蟋蟀のひびきに眠る季少し経て

怒るときママには妖魔がいるという娘はいかなる時も明るく

芝居めく言葉も動作も身につけて日ごと娘は成長していく

鈴虫の夜通し宇宙にひびかえば滾々と湧く泉思おゆ

鈴虫の声は眠りの中にいて死後すぐ渡る道にも聞こゆ

一息のうちに生滅する命無数に我の内にもありぬ

つづまりは死にたい生きたいふつつかな心が叫ぶ際限もなく

仮面もて生きるにあらねど生徒ならば始業式には髪黒く染め

叫びつつ殺意のごとく華やかに生徒は竹刀はずませて打つ

隙ありて打ち勝つたびに狂喜する生徒よ本能のままが美し

親・教師・医師・自分さえ拒みいて拒食過食を繰り返す子ら

蝉の死が土に置かれてしみじみと鈴虫奏でるかなしみを聴く

急行と特急続けて通過する総持寺駅に我らは急ぐ

空蝉もやがて落ちゆく己が身を空しく震わす齢となりぬ

安らかに眠れは死後の詞にて陥るように眠りに入りぬ

空蝉と蝉と置かれて現世(うつしよ)の虫の音ひびかう土の中より

笑いつつ我は恐るる幼子は危うきことに目を輝かす

毎朝乗る阪大病院行きバスは死に直面する人も乗るらし

病院行きバスにいる母ほどの女一途に余命見つめいるらし

ディオニスのような怒りにとらわれて一日が暮れぬ静まらぬまま

クレーンに吊るされたまま暮れてゆく街かと車窓に見て帰りゆく

曇り空きりきり軋む腰骨かコルセットはめ授業に向かう

激しい雨の翌朝なればくっきりと遥か鈴鹿の山並みが見ゆ

賑やかに静寂を駆けてひとときの深夜の阪急電車明るし

無花果の木にイチジクの匂いして自転車風を撫でつつ急ぐ

横たわる己が骸に群がりて蟋蟀一夜しめやかに鳴く

我が頭蓋開きて出でし脳味噌を蝕みて真夜蟋蟀鳴きぬ

青虫を踏み潰しつつかなしみは根絶やしにする思想もありぬ

シャボン玉花火のように一瞬に無音にはじけはじけつつ飛ぶ

眼の前にいきなりはじけるシャボン玉無音の音は我が裡にあり

人がいてあらゆる思い詰まりいて団地は夜の虫の音の中

見渡せどものみな暗し我が骨を食みつつ虫のかしましく鳴く

花つけたまま立ち枯るる赤カンナ女は男より長く生く

いつよりか恋すら面倒臭くなる齢に虫の音が沁みてくる

傷口に当てんと摘みて擦り潰すよもぎの匂い沁みる虫の音

望月の巧みに操作するらしき夜長を虫の音が沁みわたる

曼珠沙華少女のような細き足群れいて風のまにまに踊る

空蝉も蝉の死骸も置かれいて我が庭秋の日差しを浴びる

根元からばさっと倒れてカンナ花潔き死が路地裏にあり

不倫トン嘘付きリントン絶倫トンキオスク巧みに活字が並ぶ

色褪せて茎ごと倒れしカンナ花土より生れて土へと還る

この国は平和に満ちて仔牛などグルメの皿に殺されて乗る

風に揺れ小さき白き韮の花ささやかなれば忘れずにいる

家家の間よりいきなり射してくる夕日にふっ切れてゆく意識あり

朝夕に薬を飲むを日課とし娘五歳をつつがなく過ぐ

ルービー・ルービー 救急車の音娘言うなるほど語尾は上がりて聞こゆ

巨大ビルとなりし駅より出でて待つワンマンバスそろすすすと止まる

段ボール・ベニヤ板など文化祭するたび少しずつ森は減る

経験も実感もなく教えいるかの戦争の後の平和を

絶叫を涙をかくもあこがれる中学生は青春のただ中

独り言と思えば携帯電話にて声無きは無視される習いか

髪染めて眉毛を剃りてしたたかなおばさん高校生の群れ見ゆ

雨の音は風呼ぶらしき昼過ぎの紅きオシロイバナ群れて咲く

ヒトラーは無責任だとつづまりの自殺を生徒さらりと言いぬ

同情というより未知の少女にてアンネは本の表紙に笑う

「毒ガスや毒薬などとアホなこと昔も今も変わらへんなあ」

淡々とアンネの歩み受け止めて生徒は一人の一生を記す

台風の近づく雲の急ぎゆく風雲急わがしょぼしょぼとして

地を這いて竜王山より下りてきて茨木の町雨音ひびく

憂いもつにあらねど空が身に沁みるキクイモの花揺れる町角

昨日より少し色づく葉の見えて劇練習も佳境に入りぬ

風草の輝きにつつ揺れている「好評分譲中」のまま五年

どこまでも青澄みわたる十月の空の匂いを見上げつつ行く

夕光を溜めいしエノコログサと待つ笑顔少なき父の帰りを

先端の花の重みに撓みつつサルスベリは青空に輝く

悪口を糧とするほど放胆に生きたし心はかなしかりけり

曼珠沙華総持寺富田の駅見えて阪急電車の土手に群れ舞う

蟋蟀の響きも夜空に吸い込まれゆるりとアンドロメダは傾く

アベリアの花また続く細道を少し触れつつ君問うてくる

濃い匂い持ちいしことなど曼珠沙華神話めき野にひときわ群れる

君濡れていないか突然道たたきつつ銀の雨が降る鮮やかに降る

ひび割れた舗道にエノコログサ伸びて今朝は破滅も破壊も楽し

率直さを英雄視する我が内のいまだ幼き少年がいる

総持寺駅出でて芙蓉のやわらかな花十二三の輝きを浴ぶ

竜王山ふもとは霧に流れいて神のごとくに山浮かび見ゆ

体育館劇練習のただ中にトタン屋根打つ雨音ひびく

易々と染まらぬ者は恥を掻くようにしむける一群がある

少しずつ劇の形の見えてくる虚構にもなりきれぬ生徒ら

台風の翌朝なれば崩折れて曼珠沙華の朱の緑に滲む

リセットをすれば死んでも生き返るリュウ太という名の似非タマゴッチ

自転車やバイクに足を広げ乗るおばさんティッシュを山ほど積んで

墓あれば墓にも慣れて墓守りの人らと挨拶交わして帰る

軍隊の仮の身分の刻まれた戦没者の墓今日も見て過ぐ

戦没者の墓外周に連なりて墓群れ守るこの五十年

どこまでも青澄みわたる十月の空の匂いを見上げつつ行く