冬待号(四号)

怒りとも郷愁ともなき感情のこみ上げてきて歌誌読み終わる

阪急電車通るたび風巻き上げる土手曼珠沙華揺れて輝く

秋分を過ぎて深夜のコンビニへ風呂上がりにいい風巡り来る

警笛鳴りはじめ渡ろか渡るまい家まで百米の踏切

曲がり道上下信号止まれ道一日一時間のみちのり

ある時は教師の掟きっぱりと己に従うもののみ優し

近所より窓も障子も突き抜けて咳の音だけ奇妙に響く

悪意持ちしとは思わざる悪意持つ教師たることいたたまれなく

言葉には出来ないアクとしたたかさ持たねば教師となれぬことあり

昨日とは違ったリズムの雨降りてフロントガラスに抜け道が混む

近づきて見ればしみじみ美しき曼珠沙華の朱は広がりて咲く

グランドよりしみじみ校舎を眺むれば雲行く空に船のごとしも

組体操リズム体操裸足にて大地に弾む子らかぐわしき

いつよりか見上げてばかりいる我に硬き柿の実空埋め尽くす

運動会五歳の娘らそれぞれにビデオカメラのモニターにいる

組合とセクトによりて成る組織個は異なり孤となりつつあらん

腕伸ばし娘は五歳秋しなやかな心と体もて踊りゆく

こう言えばよかったなどというばかり言い負け慣れて家路を急ぐ

金星と立待月とに照らされて天に聳ゆる墓石群見ゆ

転ぶのはコンクリートの上だから今の子あまり練習出来ない

幼児期にままごと知らぬ若者ら硬き路上にぺたんと座る

目を閉じて耳をすませば音もなき悪意の声など聞こえてくるよ

土手の端かすか紫小さくて千振の花しきり日を浴ぶ

火に焼かれ幾度も叫喚した我が不思議に元気づきて目覚めぬ

食足りて平和に満ちて腐りつつ「くさー」「きしょー」を吐く生徒あり

砂浜のような青空地上には全校生徒が駆け足はじむ

本能のまま肉体を躍らせて戻る生徒のシャツ光る見ゆ

声援する我にはなくて中学生そのしなやかな肉体が見ゆ

体育教師の号令にきびきびとうごく体操服のみ見えて

縄も見ず掛け声だけで跳ぶゆえに生徒は大縄跳びは不得意

おかしくも何ともなくて四五人の生徒の笑いに加われずいる

ちぎれ雲ゆっくり澱みなく過ぎて体育大会予行終わりぬ

生徒吐き出でし校舎を見上ぐれば光りつつ雲移動していく

一年の内に我が背を追い越して今しなやかに彼らは走る

魚のような鳥のような雲空に満ち地は海底のようなグランド

肩に足乗せてすくっと四層の男の肉体が土に立つ

緊張と力強さを誇張して人間ピラミッドは完成す

緊張はやがて充実感となり成長していく生徒の群れ見ゆ

いびる人いばる人など職場では色とりどりの領域に満つ

教え諭す職業ゆえに他に向かう見えない悪意を気づかずにいる

悪意さえ歌の素材として詠え歌作れるまで心澄ませよ

三五〇円の手帳にメモ取りて歌作らす神来るのを待ちぬ

光の枠持ちて明るきちぎれ雲大縄跳びの数合唱す

生徒にも土にも光が沁みわたりたばしる足の回転が見ゆ

ピストルに弾けて走りゴールする胸反らし赤も青も緑も

死ぬ順のように順番あるものを競いて届く順位楽しむ

曲線に入りてぐんぐん加速するアンカー四人を抜いてしまいぬ

踏み切り地点など考えて跳べずいたハードル自在に生徒は跳びぬ

ヘリコプター時折飛べど気づかずに体育大会たけなわに入る

目つむれば《どこでもドアー》真昼間をアンドロメダ座の果てに我がいる

ゴールまで順位変わらず走るさまドラマなきかなしみが顕ちくる

六層の組体必死に持ちこたえまだシラケてはいない生徒ら

文化祭 点字書一冊全校で作るなど今考えるべし

駅前にギターつまびく若者の枯れ葉のごときかげり見て過ぐ

眠りても身体を巡るつぶやきか冷蔵庫の音木を伝い来る

矢も盾もたまらなくなるかなしみに嘲りのなか我が一人いる

冷酷な容疑者モザイク外されてあんなおばちゃんどこにでもいる

道路沿いにスーパーありて外食のついでに特価の米買っておく

庭の片隅に置かれて鶏頭の痛みのごとき静けさに満つ

恋文を方々出すとう老歌人その艶やかな感性が好き

容疑者に怒りを増幅させながらたちまち国民一体となる

黄葉に全山燃ゆる美幌など北海道は冬を待ちおり

スパイクにタイヤを替えし網走の冬の準備も過去となりたり

目つむれば網走の夜に眠りいる目覚めて後のことは知らねど

火のごとく雨は打ちつけ内籠もる我らは蒸されて眠りに入りぬ

はじけては無数の宇宙となりてゆく雨は頭蓋をそぼ濡らしつつ

雨の後バイクは走る絶え間無きニュースは巨悪の目をそらすため

学校で遊んで塾で勉強する彼らもいよいよ受験期に入る

無茶苦茶に生きるもよしとは言えぬまま進路に関わる授業終わりぬ

学歴の効薄れゆく社会にて塾の苦悩がありありと見ゆ

手を伸ばし押す「只今より午前五時五十五分をお知らせします。」

金木犀黄金のごとき花つけて我が家にも咲く少しなれども

愛のため正義のために人殺すドラマは殺さるる立場なし

抱き上げて抱き締めてやる習慣のなくなる定めなき一日あり

空き地には黄色い海が泡立草波のごと揺れ風に吹かるる

電柱の上にてしばしせわしなく動きしカラスふいと飛びゆく

見下ろせる我が射程にて電線に毛づくろい余念なき烏見ゆ

悔し泣きしながらピアノを弾く娘いつの間に幼年期越えしか

食べること拒みて抗議する娘関わりなき父をしきりに見ている

イチョウの葉黄の色増して重たげに木にぶら下がる今朝少し冷ゆ

命あるもののかがやきすすき原ゆうがた風に吹かれて笑う

しみじみと人生はよしこれからもまた糾える縄のごとしも

傘閉じるように撓いて銀杏葉の今朝片側が白く輝く

立ったままエノコログサを掌に当てる娘よ雑草に親しんでおけ

カヤツリグサ昼を宇宙の星のごと群れいて墓石の傍らにあり

道端のスズメノカタビラ腕伸ばししばしの昼日にやわらかに照る

故もなく苦しみが胸巣喰うらし人のあざけり見てしまいたる

関わりもなき嘲りに我を置く苦しみ求め来しにあらねど

ナチスにもオウムにも似て延々と会長賛美の見出し続く

諫言のため殺されし忠臣のいかに多きか歴史は語る

箝口令あるのか誰もが口つぐむ週刊誌一誌だけのある記事

大事件報道の日に国会で危うい法案さらりと通る

抵抗もなく眠りいる我が体ひたすら沈む海溝めざし

衰えゆく我が体より此頃は男の力が離れゆくらし

休ませてくれよと此頃内臓や脳味噌までもがリタイヤしてく

我が体《殻だ》と出でてワープロが見ている我の疲れに気づく

結局は自白は損だと黙られて正直者だけ罰されてゆく

法律に拠りて新たな犯罪が生まれるゲームのような現実

横並びするマスコミを縫うように巨悪の群れは少し移動す

権力の持ち物にして法律に群がる魑魅魍魎を思えり

面倒な警察署には訴えず町のコンビニ自衛しはじむ

清らかに光を集め白く咲く小さな小さな黒胡麻の花

台風がいくつか過ぎていくうちに町はすっかり長袖になる

自転車にすれ違うたび人間のぬくみと風の冷たさ伝う

遠く見え近く見えして山並みに町は伸縮つね繰り返す

いにしえは隠元蓮如の住みたもう富田の町に電車が停まる

墓ありて花と水とを供えいる人ら見てわが勤めに出でゆく

いにしえも今も変わらず人入れて墓地も団地もゆうぐれてゆく

浄水装置備えしプールなみなみと十一月の水たたえおり

清らかに水はさざ波人居らぬプールに十一月も過ぎゆく

目印のように群がる畑茅を轢いて車は駐車場に入る

次々に輪が生まれては消えてゆきプールに雨はしたたかに降る

雨降りてヘッドライトをつけし午後ああ網走の秋と重なる

雨に濡れた赤き尾灯の連なりてああ葬列のごときわびしさ

一息にパチンと潰される虫の一生(ひとよ)に似たりと思うことあり

カーラジオ消せば体を伝いくるタイヤの摩擦とエンジンの音

汚れ落ちかび落ちその後の排水をCM言わず笑顔で終わる

ピカピカにされたワイシャツ川汚し魚を殺めて街へと急ぐ

細菌や匂いをなくしほにゃほにゃの奇妙な若者ばかりあふれく

環境にやさしいなどと言いながら山河の形さえ加工する

点数によりて表情変えるのみ生徒に何を教えてきたのか

愛すべき欠点などは切り捨てて万事に卒なき生徒が並ぶ

流れゆく雲の切れ間の一瞬に南の窓より陽がなだれ落つ

稲刈りし後の匂いに満ち満ちておどけるようにカラスが踊る

暗黙の時間に入れば結ばれるまで沈黙の言葉を交わす

振り返ることなき別れと思いしが足引きずりて君微笑みぬ

水の上にあるごと風に揺れていてコスモスの花緑に浮かぶ

人住みし後の空き地は荒れあれて人の高さの数珠玉開く

深い空の手前にありてフジテック塔は視界のどこかを占める

背を丸め急ぎゆくかに生徒見ゆ夕べ雨降りはじめし校門

ほっとする束の間ならばウォシュレットトイレにひとつメモ帳を置く

滔々と車流れてコンベアーのような道路が目前にあり

くっきりと校舎と窓に区切られて明るきダリの窓が輝く

明るさを増しゆく空にかしましき雀の叫び幾重にも聞く

雲光るつゆの光りに照らされて午後の授業はしめやかに過ぐ

饒舌の後崩折れて我が娘突然意識不明となりぬ

目を開けたまま救急車に横たわる娘よ魂はどこに行ったの

入院の点滴今は嫌がりていつの間にか娘は正常となる

山はただ山として在る昔より萩の花咲くこの分譲地

ゆうさればひときわ闇が早く来て車のライトあわれまばゆき

夕方の冷たき風に根元からすすきが揺れるわが心かも

しがみつき五歳の娘の言うことにゃあなた死ぬほど抱き締めてよう

ゴムマリのように弾んでじゃれてくる娘は我が皮膚なめしてくれる

根雪にはならぬ雪降る網走の霜月思おゆ今朝少し冷ゆ

子を宿す命のように膨らんでススキの原を日が沈みゆく

水はただ流れ流れて高みより一気に落ちて滝轟きぬ

杭のごと鉄塔幾つも打ち込まれ北摂山並雨後鮮らけし