冬菊号歌

たちまちに町を覆いて秋霞もう北摂の山も見えない

いつの間に花無き萩よ無数の葉言葉のごとし風に揺られて

どのようにも短き一生アカマンマ風に騒立つ海のごとしも

君なくて着物姿を思いみる庭にひときわツワブキの花

賑わしく華やかなれど安価にてドトールコーヒー人集まりぬ

夜の街地下街無数の人歩むどうしてこんなに寂しいのだろ

おしゃべりに興ずるのみに授業など眼中になき生徒増えゆく

まだら髪ガム噛みながら授業観しその母思えば強く言わざり

幾万の思い詰まりて立っている墓は力を与えてくれる

さりげなく給与明細読みながら三月退職する老教師

紅葉を激しき炎と見ゆるとき木は一瞬の命輝く

我もまた無数の枝を伸ばしつつ紅あざやかな木と真向いぬ

紅葉の群れ鮮やかな痛みとも涙あふるるまでに見ている

北摂の山並覆う紅葉は日々あざやかに輝くごとし

悲しみの数だけ紅く染まる木々あわれ人生の終末が見ゆ

土となり大気となるのかこの命空に溶けゆくまで紅葉見ゆ

北摂の山窓に無き折々は空の色にて空に溶けゆく

己が身を巡りて騒ぐ血の色の紅葉は山の形を覆う

我が肺に虫棲むらしきくぐもれる咳にて外へと放らんとする

動くともなき白雲の浮かびいていつまでが我が生きている空

いつにても私語を絶やさぬ生徒いて怒鳴るが我の日課となりぬ

怒っても笑顔すら見せ怒らるることに慣れきし生徒と向かう

此頃はやや緊張が見えてくる三年師走『故郷』授業す

通い婚ただそれのみに興味して生徒聞くらし万葉古今

怒られたことなどなきか珍獣を見るような目で我を見返す

娘のこと言えば表情やわらぐと我怒る時言う生徒あり

年ごとにますます夢を育くめば兎確かに月は輝く

白日射す冬の窓辺はまぶしくてストーブ己れの怒りを燃やす

倒産し職無き父親懇談にハローワークの帰りに来ている

不景気の余波ありありと生徒にも就職情報求人少なし

学生も主婦もたちまち奪い合う『パート募集』はすぐ外される

懇談をするたび授業静かにて巣立ちの時と生徒知りゆく

丘の上にあれども生徒直ぐにして西陵中も五年目終わる

幾度も魯迅『故郷』を語りゆくそのたび違う授業となりぬ

教室の我が閏土に語りかけ再会さびしき現実伝う

人の世を卒業するにはあらざれど何に寂しきこの夕まぐれ

ああ無為に年を重ねて性懲りもなく一日が今日も過ぎゆく

絶え間無く鼻水出でて寒気する風邪初期眠れひたすら眠れ

怒鳴る泣く丁々発止この母娘あきれつつ我が勤めに出て行く

言い難きかなしみ抱けば鮮やかな紅葉は時に血のように燃ゆ

訳もなく寿命を肯定してしまう黄葉紅葉の山並が見ゆ

沈黙の密室となる四面体定期試験の息のみ聞こゆ

目の奥の脳より思考あふれ出す定期テストの沈黙の中

一群の森窓枠に嵌まりいて油絵タッチのように紅葉す

白い紙の中に思考が詰まりいて人の動きが操作されゆく

慌ただしく吸いに来るらし喫煙室漂う煙に日が射してくる

授業前人も埃も舞い上がる師走職員室白日照る

二小節の踊りといえど鮮やかな娘に照らされしスポットライト

恥ずかしさゆえか横の子小突きつつ踊るあり幼児クリスマス会

既にもう我にはなくてうさぎ耳つけし幼子はばからず泣く

風に揺れ音するごとし次々に起き伏しハンドベルのみ見えて

慌ただしき人の命を吸うように黄色き冬の菊たたずみぬ

風吹けば時折雪も混じり落ち桜の小枝尖りゆくらし

ものなべて酒に笑いにしてしまう忘年会今たけなわとなる

夕焼けに我すら赤く染められて携帯電話なぞ持つものか

ゲームではとっくに地球滅びいて核のボタンを押すのは誰か

我が娘ブランコ中空まで伸びて叫ぶは雲と同化するらし

幼子のブランコ揺れて土白き冬の公園日は集まりぬ

臍曲がり貧しく自由な我のため高安夫妻訪ねしことあり

配役はいいのに眠狂四郎興ざめながら終わりまで見し

雪や土さえも汚れぬ素材にてドラマは殺すシーンが続く

仲間の死見過ごしながら牛の群れ巨大な嗚咽の叫びを上げる

ハイエナにたちまち我が子殺されて立ち去り難くキリン去りゆく

夢の中に過去の修正試みる我が分身の一人がありぬ

理不尽な世に真っ当に立ち向かい小栗上野介斬首さる

敵なれど日本のために必要と信玄伊勢守に請い放免す

大晦日暖かき午後日だまりにポインセチアの緋は際立ちぬ

目つむれば花さえ語りかけてくる冬の日だまりうとうとといる

納得も妥協も出来ぬ周りゆえ作らなければならぬ我が歌

0.5シャープペンシルばかりにて決められたものばかり世にある

号外にたちまち膨らむ本当は考えようもせぬ人だかり

我が歌の存在理由かもしれぬ鬱々としてなじまぬ世間

この今も生死は巡る心して我が血管の鼓動を聞きぬ

昨夜見しドラマよりなおリアルにて夢の中にて涙を流す

同胞のみ愛する思想育みて長州薩摩の政治は続く

西郷にも勝にもなくて英明で辛口小栗上野介

父母はああかくまでに老いたもう我が生きざまを見守りし間に

父母のぽっくり逝くを希むとの言葉聞くときかなしかりけり

母の死と己れの癌を詠う時輝く田中栄かなしも

仏壇に真向かう父母極楽の方がよくなる錯覚に満つ

生物の死を彩りて正月の食の準備に人慌ただし

植物の死を動物の死を飾り食として人親しむらしも

蜜を吸うこともなくすぐ花を摘む人ゆえためらうことのみ多し

どこを見ているのか五匹金太郎死骸を天麩羅油で揚げる

悪食に膨らむ白き腹並べ鮟鱇唐戸市場に並ぶ

雨脚を逃れるように速やかに船走る見ゆ赤間宮より

たちまちに鮟鱇五体ばらばらにぶちたたかれつつ捌かれ終わる

赤間宮素走る海峡見下ろして耳無し芳市住まいしところ

二十世紀最後の二年を残すのみ日本に核は向けられたまま

「心身を蝕む出世主義」という標語あり有り難き言の葉

さまざまな寝息あふるる人いきれ夢が現実現実こそ夢

満員の二等船室次々に眠りの形を変えて人寝る

在りもせぬ事実が口のばい菌のごとく増殖されて出て来る

少しだけ事実を混ぜて周到に卑しき噂広がりてゆく

根も葉も無き噂が一人歩きしてそれでも笑ってやり過ごすべし

己が事他人のもののように聞く卑しき心の伝える噂

二十年以上も昔が語られて我も伝説上の一人か

次々に歪みの虚像さらされて悪意の伝言ゲームは続く

他人なら面白そうな話にて醜く歪曲された我がいる

気づかねばならぬともなく気づくこと誰でもこだわり気難しさ持つ

如何ともしがたき時の過ぎゆきを今朝あせりつつ階段上る

少しずつ魔界より世を見るごとき心根育つ歌作るたび

大地震ここより起こりしより四年船にて明石大橋くぐる

唐突に十三歳にて亡くなりし足引きずりし面影が顕つ

幼き日つね従いて慕い居しナミ子姉ちゃん我が裡に生く

父の里に帰るたび見る面影は黒枠の中寂しく笑う

死顔を見るのが怖くて葬式に行けなかったよ幼き我は

認めたくなかった母より葬式に行くのかどうかと尋ねられた日

夢の中麦の匂いの漂いてナミ子姉ちゃん慕いて遊ぶ

姉ちゃんと居し思い出の一つにて野辺での野糞フキの葉で拭く

尻拭い当時は新聞紙片にて広き草の葉やさしかりにき

病ゆえ足引きずりていし少女幼き我を連れて野辺行く

近き昔農家には一頭牛が居て小便するたび鼻なでていく

鼻なでてくれと大顔寄せてくるやさしき牛の目よみがえり来る

現実と呼ぶ折節の空間も共に見ている夢に過ぎない

どうしようもない性格と思いしが頑固の頑は頑張るの頑

けじめなきネオン瞬く駅付近電車通過して遠近が見ゆ

中身なくなりそうな今日本も猫も杓子も着飾りてゆく

自転車で駅まで二分山茶花咲く曲がり角なら肩触れて行く

雲一つなき正月も三日過ぎ厳しき北の便りが届く

良き誤解悪き誤解に彩られ誰もが人の世渡りゆくらし

犯罪すらモニターの一つにて電波が心蝕みてゆく

まつりごと呪術行う古代より累々致し難なき心

数々の人体までも透過して憎悪の波動あふれゆくらし

携帯持つようにぶつぶつ言いながら地下街歩く時楽になる

曖昧な日本や否や目見開いたままの小栗の首が見ている

幾度も人入れ替わる人の中一国堂腹話術師の巧み

出番待つ華やかさに似てピンク色シクラメン店頭に並びぬ

言葉出すたびひび割れてゆく胸を気管支炎と診断される

気管病めば微かな声となりながら目に力入れ授業に臨む

ラジオには網走流氷接岸の報あり車の渋滞続く

きっぱりと誌上歌集を断わりし柴文子の死を一月後に聞く

野間さんも死にもう頼るものなしと賀状にありし高安和子

我を責めし後いたわりの葉書くるる高安国世のやさしさがああ

戦時中すら戦いの言葉なき若き高安国世の覚悟

推測をたちまち事実としてしまう噂されると電話にて聞く

休日の朝の寝床に入りてくる娘此頃重たくなりぬ

魚のごと跳ねる娘を抱き上げる束の間しあわせも抱きしめて

さまざまな人の思いの詰まりいる己が一人の心なれども

我に至るまで幾億の思いあり命を集む歌作るとき

慌ただしく時雨れゆく空暗けれど我には幸い仕事がありぬ

安らかに死ねるため死の遺伝子があるという死は親しきものか

大地震虫の知らせかベッドより離れし時に轟きは来し

大地震終わりてすぐの我が居らぬ空のベッドは家具の下にあり

大地震何もかも揺れ妻と娘を守りて箪笥を押すばかりなり

大地震もまだ予震かも知れぬとの報におののく半日ありき

テレビでは外出するなと指示ありて欠勤したこと責められており

地盤弱く貧しき地域に屋根シート目に立つ総持寺駅前付近

人々は解釈ばかり長けてきてお上の意識はびこりてゆく

体内時計夢の途中に目覚めいて頭蓋に伝う湯のたぎる音

さっきまで手袋握り帰りしが娘の冷たき手暖めてやる

昨年は上杉鷹山今小栗上野介我が裡に生く