七号春香号

流氷のように彷徨う一生かと白鳥叫びつつ果てに去る

幾重にも階積み上げて流氷のごとき都会が目のあたり見ゆ

率直な思いに答辞まとめゆく紋切り型を極力廃し

担任が万感込めて詠み上げる生徒一人一人の名前

我が名前呼ばれるまでの数秒の卒業生の顔たどたどし

不登校の生徒もおおむね揃いいて卒業証書授与式終わる

嬉し泣き退職教師にさせるため生徒のマル秘計画すすむ

喜ばすためのシナリオひそやかに生徒は集い着々進む

網走の名を唐突にか自然にか聞きぬ卒業祝辞の言葉

若き日の過ち言いし祝辞にて網走刑務所比喩としてあり

網走にいたかもしれないなどと言う塀に囲まれているのか町は

たわやすく網走の名を使いいて笑い促す言の葉ありぬ

結末は網走支店に左遷(まわ)されるドラマもありき我が網走に

「お願いがあります少しお時間を」生徒の熱き申し出のため

退職する教師に「先生ありがとう」涙ながらの歌声ひびく

卒業式とめどなく泣く人々の儀式といえども心を伝う

流氷記一枚一枚心込め夜を込め夜明け近くまで折る

春雷の激しき雨はぴちぴちと暗き舗道に跳ねつつ踊る

フロント窓たちまち曇る驟雨にて春雷即発光を放つ

春雷の轟きにつつ揺れて咲く沈丁花に雨はしたたかに降る

春雷の篠突く雨に川のごと車道は水の流るるところ

じゃじゃ振りの雨跳ね上がる白さのみ車も家も色失いぬ

突然の篠突く雨に人々は輪郭のみの動きとも見ゆ

雨しとど降りつつ開く真っ白な花次々と生まれては消ゆ

色のなき映画のシーン叩き雨 排水口より水ほとばしる

梅の花華やかに空いっぱいに木の喜びが伝わるしばし

羽のごとてのひら広げ生意気な娘六歳チュチュ着て踊る

長き文暗唱続く卒園児全員大きな口開けて詠む

敬礼し卒園証書受け取りぬ一人の大人が娘のうちに棲む

非常勤時間講師で七年も塔に捧げし過去よみがえる

歌わねばならぬ思いを綴りいてかつての編集後記はありき

ほどほどを知らぬ我にてはらはらと高安国世見守りたまいき

歌にしてしまえば怒りも憐れみに変わってしまいぬストレスもなく

次々と歌生まるるも感情の過敏となりてゆく部分あり

たくさんのいい人達に囲まれて流氷記はあり忘れるべからず

幸せを振り撒くごとく次々に今日も歌湧くわくわくとして

マスコミに乗りて俗物まざまざと曝す男のかなしみが見ゆ

道典の景清伝観てふっ切れる心有る者のみ読者たれ

敬愛す高辻郷子網走市字山里に住みたまいける

塩分を補給するため海岸に出でし鹿追いかける犬あり

たわやすく犬は遊べど野生鹿命を懸けて跳び回り逃ぐ

防波堤飛び越えそこねし仔鹿にて眠れぬ檻に一夜を過ごす

保護さるる鹿といえども細き脚震えてやまず人の手が持つ

吹雪の中ピエロのように揺れながら網走市街に歩みを残す

電柱のあまた聳える網走の市街へと入る海岸町より

新雪に一足一足置いて行く猫の歩みの一コマが見ゆ

氷海に向かいひたすら叫び泣く切崖見上げ恐れつつ過ぐ

耐えに耐え立っているのか断崖の苦しきうめき声とどろきぬ

流氷の置かれし汀のしばらくは断末魔の声続く切崖

海に出てさまよう運命(さだめ)知るように氷片網走川流れゆく

剥がされたばかりの氷が地に落ちてゆくように川流されてゆく

気負い来し流れも網走河口にて氷片しばしうろうろとする

凹凸の激しき轍を外れればどこへ滑るかわからぬ車

車ごと網走橋より滑り落ちし女(ひと)ありき雪の凍れる朝に

半日を氷流るる川底に在りしよ遺体引き揚がるまで

十三日金曜日にて流氷の漂う河口の川底に死す

網走二中生徒の姉にて流氷館勤め行く朝命終わりぬ

断崖の上の枝にてオジロワシ威睨す流氷まだらなる海

わが場所のように周りを睨みつつオジロワシいる流氷の上

ゆったりと翼広げたまま旋回(まわ)るオジロワシ我を従わせつつ

馬に乗り駆けいし中川イセ在りし能取岬の牧場が見ゆ

中川イセとただ嬉しくて共にいる一時間わが至福の時間

玄冬の人と言うべき全身がオーラというか輝きて見ゆ

そのアクも苦みも取れて百歳に近き人今輝きに満つ

灯台が照らす海原氷塊の一つ一つの形が違う

斜里岳の雪の形を見て決める種蒔き時あり土ほぐれゆく

笑い泣きしながら流氷寄せて来る断崖となり今宵も眠る

流氷を真下に見ながら飛翔するオジロワシ我が翼を広げ

流氷をいつも見たくて我が眠る能取岬の灯台となり

夢の中ゆっくり旋回しつつ飛ぶオジロワシ我は氷海の上

屍のごとき流氷かくまでに追い詰められて来しにあらねど

追い追われ追い詰められ来て網走の岸に積もりし氷塊が見ゆ

向陽ケ丘に上れば流氷は知床あたりに縁取りて見ゆ

知床の山々浮かびて流氷を手繰り寄せしか吹雪の夜は

フイルムのように漂う北の海照りてまだらに流氷浮かぶ

流氷記は本にあらずや自費出版案内封書が突然届く

マスコミはコンピューターが管理して無機質の歌ばかり溢れる

いかほどの価値の合格不合格聞きて〇×記しておりぬ

合格のあと不合格告げに来るつゆ悪びれることなどないぞ

おめでとうなどの言葉に冷(さ)めてゆく笑えぬ教師の一人となりぬ

ありありと仲間内だけ大切にする社会見ゆ職員室にも

言い負けて少し清しき傷付ける言葉避け来し結末なれば

しおしおと帰れば妻にも言い負けて一人座りぬ氷塊のごと

夜を疼く膝の痛みが流氷の一かけらとなり波間に浮かぶ

月もなき夜といえども目交いは白き流氷光を放つ

うとうとと眼閉じれば岸辺にて確かに来ている流氷の海

見え過ぎてしまう今宵の網走の吹雪さえ見ゆ身も凍りつつ