桜伝説歌(流氷記第八号歌九十首)

霧の中彷徨う君に逢うように深夜の郵便ポストまで行く

ユキヤナギ続く万博ロードにて自転車此頃足軽くなる

雪柳万博ロードに沿いて咲く我が流氷のごとく連なり

かなしみも輝きながら反照す粉雪柳の白満つるとき

雪柳続く小道の輝きに君の笑顔が際立ちて見ゆ

雪柳愛の言葉のかけらさえなくて出逢いぬたまゆらにして

地球には花咲く不思議はなびらが雪のごと地にゆったりと落つ

御神籤の結びのように雪柳白き祈りの花咲かせおり

桜開きつつある夕べの電話にて網走沖には流氷残る

天に向きみるみる筋肉盛り上がり桜花咲く恐れだになき

たくらみのごとくに少し花開く桜に見られて下る坂道

帰り道下るは桜通りにて獣の匂いの満つる坂道

桜花人見るときに立ち上がる銭形海豹樹影をまとい

彷徨いてそこに出たかと華やかに桜花咲く花散らしつつ

我が裡に風吹き抜けてはひたすらに桜花びらふるわせて泣く

波打ちに徐々に解けゆく流氷よ牢とは本来いけにえのこと

流氷の一つ一つの魂が桜木となり花開きゆく

箸使うものなどなくて洞窟のマクドナルドの喧噪つづく

浄化せぬままの心は危うくて人を相手の仕事うらめし

避けて来し嫌悪感すら共鳴し堕ちゆく心心かなしも

こだわりてここまで流れて氷塊は岸に積もりぬ屍のごと

君なくて君が忘れていったもの必死に捜すふりをしている

柔順な仲間へと教育されていく逆らえば生きてはいけぬよう

虫が涌くように激しい感情が身内を巡る春闌けにけり

たわやすく育つものありそれゆえにペットのように人を飼うのか

突端の帽子岩より二キロ沖白き大きな流氷残る

散ろうとする花も混じりて一本の桜宇宙に広がりて咲く

帯となり川となりして花びらは空へと向かう満天の星

桜より花びら空に舞い上がり天の川敷くさざれ石となる

天の原桜花びら散り敷きて息せき駆けて来る君を待つ

春の水吸いつつ花びら散らしゆく夜の桜花星雲のごと

雪解けの冷たき水を飲みて咲く桜花びら星のごと降る

暁闇といえども輝く桜花銀河のごとき水吸いにけり

花開くために冷たき水を吸う桜の根っこは大地を冷やす

誰ひとり通らぬ坂道滑走し夜を羽ばたく桜花あり

目つむれば風に吹かれて桜花銀河に星を振り撒いている

花冷えのおりふし新入生並ぶ入学式は淡々と過ぎ

新しき思いいつまで続くのか重ねた指が勝手に遊ぶ

儀式より始まる習い人の世の仕組みの一つ生徒は並ぶ

一人だけ君が代歌うも歌わぬも許せぬ掟この民族は

人生を戦のようにみる人は囲碁か将棋か親しむらしも

王将をとるのか数を競うのか盤のいかなる位置に我がいる

憎しみに至る思考も在りながら性懲りもなく人群れてゆく

一人だけ独りにするのはかわいそうなど発想の貧しさあわれ

やり切れぬかなしみなれど人群れてとことん弱きところを挫く

緑めくプールの水は生き物の色にて桜の花びらも浮く

先週まで角力の幟はためきし茨木別院桜花見ゆ

滲み来る怒りや無念のエネルギー歌へと変われば憎しみも消ゆ

ポスト横目立たぬ小さな桜にて夜は星雲のごとくに浮かぶ

花びらはしきり降りつつ夜の広場桜木銀河のごとくに浮かぶ

花びらの敷石伝い逢いに行くそこには君が待っているはず

風に舞う花びら我を竜巻となりて運べよ君のところへ

逢いに来てくれた悦び伝わりてまなこ閉じれば花びらに満つ

強く抱き合えば宇宙のただ中に一つの星の生まれつつあり

桜花散りつつ二人結ばれる空のどこかで星生まれゆく

山桜しきり散りつつ雷の光るとき時止まる花びら

花びらは乾いた砂に似て風の吹くたび葉桜現れてくる

黎明の意識かすかに聞こえくる桜の花びら叩く雨音

見る限り桜花びら敷き詰めた道にて天の涯まで続く

花びらを支えし花芯は色濃くて竹蜻蛉のごとおもむろに落つ

たちまちに桜花びら散りし後しばし花芯の濃き色残る

花びらが離れて間もなく落ちてゆく桜花芯は花びらより濃し

非常勤特別委嘱員と呼ぶ退職中途退職教師を

組織外は人にあらずと言うがごと独りを許さぬ眼差しありぬ

当確がすぐに決まりて組織より自由も意志も逃れられぬのか

コンピューターのシナリオ通りに人動き次々武器の餌食となりぬ

引っ掛かり引っ掛かりして生く我を大人気ないという声のあり

六時より夜はスナックと化していて街には喫茶店なくなった

歩きつつの携帯電話の風景も奇異とはならずはや桜散る

小さな木なれども五つ赤々と我が家の椿の花咲きにけり

次々に桜の枝より放たれて花びら集まるひとところあり

花びらの後の葉桜淡緑徐々に濃くなり青葉となりぬ

水溜まり桜花びら風に揺れ流氷動くごとくに動く

一面の桜花びら水に浮くああ流氷の群れに似ている

見る限り若葉あふるる大樹より桜花びらほろほろと落つ

さよならも言わぬ別れよはらはらと桜花びら終幕のごと

とめどなく桜花びら振り落とす若葉は朝の光を浴びて

気の周期あるやも知れぬしんどくて生きたくなくなる数日に入る

アスファルトただに汚く内蔵を曝しし獣のかたまりが見ゆ

高所より飛び降りたくなる衝動が体を巡る夕べとなりぬ

やり切れぬことわりなれど非常識時に多勢で常識に勝つ

歌作るならば結社に入るべしと縛られ慣れた人の群れあり

どこまでも一人を認めぬ人間の抜き差し難きかなしみが見ゆ

父も又組織に拠らず生きてきた後ろ手ばかり真似をしている

人群れるよりも古典の生きざまを拠り処としつつ歌うたうべし

何もかも棄てる清しき心根を持たなくなりて人太りゆく

自らも壊れてしまう武器のごと歌を詠うと思うことあり

叙情すら規格化されて面倒なアウトローなぞ人にあらずも

いつの間にこんな無数の銃口に囲まれ笑う一人となりぬ

どうしてもはみ出てしまうかなしみを詠えよしばし流氷となり