流氷記第九号 麦風号の歌

唐突に葉が落つと見え新緑満つる枝より雀が飛び出して来る

花と風目立たぬ校舎の裏手にて密かに佇つ我がけものみちあり

荒れ地など歩けば小さな花満ちてようやく四月も終わりとなりぬ

目を凝らし見れば見るほど際立ちて十二単は山崖に咲く

遠山に日は照りながら我が上の暗雲迫る人犬走る

転勤するたびに教員住宅に引っ越すこと知る網走に来て

教員の異動遠くて網走の春は引っ越し手伝う季節

北海道教師雪かき引っ越しと決して一人で生きてはゆけぬ

網走で内地外地という言葉辺地に住まいし実感として聞く

土地も人も神の所有と考える民滅ぼされし過程を聞きぬ

内地には先住民の影もなしたかが二千年程の間に

あちこちにアイヌの地名残りいて日本は単一民族などと言う

土地区画国境などと人間の浅ましき知恵地球を巡る

本来は政治も役所もない暮らしジャッカドフニは網走にある

平和ゆえ平和の言葉なき民とまずゲンダーヌは語り始めぬ

トナカイと流氷を渡り国境の思想などなき民族ありき

つつましく生きれば強者の意のままに滅びてしまう民族はあり

無駄なもの棄てるものなど生活のどこにもなくて生きいし民あり

狡さなき心を持ちて滅びゆく民あり弦巻宏史は語る

初めから支配被支配ある暮らし戦いにつつ我が育ち来し

本当に知恵なき日本人(シャチ)と散々に弄ばれしゲンダーヌより聞く

日本名北川源太郎拒否しウィルター人ゲンダーヌとして死す

ゲンダーヌ呆気なき死は黒澤のデルスウザーラの死と重なりぬ

ゲンダーヌもデルスウザーラもウィルターの知恵を伝えて死へ旅立ちぬ

渡来人か先住民か日本の在るべき心を考えてみる

網走に来て日本を考える世界に在るべきこの日本を

我が裡にさえも色んな民族が入り混じりいて葛藤はじむ

いろいろな血が複雑に混じり来て赤の他人が似ていたりする

網走は巨人ばかりが映りいてフアンの多き理由を知りぬ

冬支度始めし頃か網走にいて阪神の優勝を聞く

見渡せば歌の素材に満ちていていまだに花の名前も知らず

くねくねと歩くたび道展かれて遠近際立つ路地裏続く

春日差し流氷思えばグランドが一面白く輝く時あり

選ぶことさえままならぬ国あるに選りどり見どりの回転寿司食う

昨日まで溢れつつ咲く満嘆の躑躅ティッシュのように萎るる

桜散り終えてにわかにやわらかき躑躅の赤き花溢れゆく

桜散り椿は落ちて今躑躅小さく萎みて花終わらんとす

一面に白き躑躅の花溢れ光吸いつつ吹く風も見ゆ

水叩く音のみ音の広ごりて人は湯浴みのごと集まりぬ

花と水光溢れて新緑の須磨浦離宮公園広し

土の中無数の命生きているとマル虫見つつ娘に教えいる

虐殺の血が流れるに日本では野球に興じる大衆ばかり

防衛の為とはいえど銃を持つ国あり人は滅びゆくべく

信号の赤の点滅際立ちて夕べの踏切あわただしく鳴る

個人誌も歌集もゴミに変わるのに作らなければならぬかなしみ

白き花突然開くまぶしさに教室香る衣替えの朝

動くたびカッターシャツの襞模様輝きの白たちまち変わる

桜散り躑躅萎みし坂ははやニセアカシアの白輝きぬ

春霞今朝はほどけて青々と北摂山並み際立ちて見ゆ

衣替えニセアカシアなど生き生きと五月は白き輝き動く

白躑躅ニセアカシアと次々に流氷思わす風景が見ゆ

曇りよりにわかに照ればニセアカシア樹氷の白き輝きと見ゆ

雑草といえど小さきあでやかな短き命の花満ちて咲く

逃げて来るように独りで目的のなきこの荒れ地にぶらぶらとする

棄てられてやや盛り上がりし土に咲くカラスノエンドウより気をもらう

どのように世間が言おうとつまらない歌はやっぱりつまらないのだ

藤のように葡萄のように白き花垂るるニセアカシア潜(くぐ)り行く

雪のごとニセアカシアの白き花わずかな風に浮かびつつ散る

よく聞けば底引く都会の喧騒を森のそよぎが消してしまいぬ

雰囲気で変わる常識非常識力の強きが常識となる

小一の娘のクラスにモヒカンに三つ編みして来る男の子あり

我が側のレールも伴に走り行く夜の電車はただ明るくて

きしきしと阪急電車通るたび新しく輝るレールを渡る

煙草害の授業を終えて一服する体育教師うまそうに吸う

籾殻のように乾いて吹き溜まるニセアカシアの花落ちて後

雪のように次から次へと落ちて来るニセアカシアの花咲き終わる

ニセアカシア落花の溜まり流氷を渡るごとくに蟻渡りゆく

花が咲きしぼみて落ちてゆくまでを誰も知らない風が見ている

ミツバチとテントウ虫見ゆ野薔薇の中忙しき短き命

沸きて来て溢るる醜き感情を抑えつつ夕べの坂下りゆく

ぴちぴちと幼き子供の肉体の麦の穂青き香に満ちわたる

一面の麦が見たくて麦畑匂いあふるる山間に来し

麦笛にするためナミ子姉ちゃんより貰いし一つの麦の茎欲し

麦秋の香るたびかの顔浮かぶナミ子姉ちゃん唐突に亡し

芋畑は麦畑となり我が裡に『夏の葬列』風吹きわたる

納得も別れもなくて姉ちゃんはあれから会っていないというだけ

生きてても生きてなくても姉ちゃんの麦の香りに包まれている

姉ちゃんは十三歳のまま逝きて思うたび我も幼子となる

すれ違う人あるいはと振り返り一人の人を捜しつつ過ぐ

数々の娯楽はあれど文化なき街には携帯持つ人ばかり

国語科が最も文学より遠く権威付かねば人語られぬ

白象の優しさゆえにオツベルが殺されてゆく過程をたどる

優しさが酷き仕打ちとなることもオツベル象に踏まれてしまいぬ

国語という教科を外し授業する独りの重い内面となり

指導書やワークブックに書かれない真実少ししゃべりて終わる

オツベルを少しも悪く言えなくて教師の立場におろおろとする

平和のため戦うことが人殺すことわり世界と歴史には満つ

オッペルからオッベル、オツベルへと変わる悪も時代とともに変われば

龍之介賢治といえど文明より年下にして時代は古し

人間の欲持ち過ぎて潰されるオツベルときたらたいしたもんだ

矛盾なくいつも正義の顔をする教師を憎みつつ教師する

悪人にいつも同情してしまう癖もて語るオツベルと象

気を付けていないと答えと反対のことを時々教えてしまう

国語では時々一番つまらない答えがマルとなることがあり

全員が百年以内に死ぬること既定の事実として授業する

教室の全員いずれいなくなる死ぬ順番は神のみぞ知る

この子らに何教えるのか教師我オツベル非難出来ず佇ちおり

話し合う言葉もなくてグララアガアグララアガアを恐ろしく聞く

聖戦のつもりであまた血を流す良いも悪いもないではないか

矢も盾もたまらぬ怒りは死を招く象の大群押し寄せてくる

ゲームなど出来ない我も劇中の一人となりて殺されてゆく

良心と慎ましさゆえ歴史より消えつつ高安国世かなしも

花季過ぎてぽつりぽつりと咲く躑躅ささやかなれば花簪に似る

北摂の雨後の山並み鮮らけくいつもなれども喜びとなる

どこにでも携帯電話というゲーム孤独がなくなる訳ではないのに

負け試合引っ繰り返す可能性もて阪神が勢いづいてく

歌作るたびに奥行き深くなる心に描かれゆく風景は

その歌のも一つ向こうが見えることありて次々歌作りゆく