流氷記第十号(紫陽花)歌

操作されすべてが管理されてゆく携帯電話の指示待つ人ら

利久梅散りてあらかた白き花見えなくなりて夏始まりぬ

苦しみも怒りも失せてこの頃は生徒の恋の対象になし

車の音すれども確かに安らぎて万博公園あじさいの森

緑濃き森にするため折々に消毒散布の車が通る

星雲の輝きに似て森の中曇りに映ゆるアジサイの花

雨後の森木に水昇る音満ちて飛沫のごとき風吹き渡る

木となりて木の葉となりて潜みしがたちまち烏群れて移動す

類は類を呼ぶゆえまともな変わり者ばかり集いぬ流氷記には

移り行く時の狭間に流氷と重なりて見ゆ我が風景は

律義者ゆえ悪者とされることデーバダッタに思いが至る

この一年いろんな人が見えてきて寄贈者名簿は最も親し

流氷原心残りし墓標にて果てまで幾多の沈黙続く

地平まで歪つに凍る氷塊のこのまま無念のまま果てるのか

未開封のままゴミ箱に捨てられる流氷記もあり音沙汰もなし

花冷えは身に沁みわたり女満別ツツジも桜も一斉に咲く

君連れてここまで逃げて立ち尽くす段戸襤褸菊群れ咲くところ

先が見え過ぎて恨みを買い小栗上野介斬首され死す

雲間より光は滝のごと落ちて地表の人ら言の葉優し

人肌のように曲面輝かせ氷塊の上を雪は積みゆく

石積みて墓立ち並ぶ真向かえば岸にて流氷見上ぐるごとし

学校が荒れてくるとき教師にも責任転嫁の怒号が巡る

キリストの死より無数の血となりて醜き戦さは地球を覆う

流氷に閉ざされいし海オホーツクブルーは深く息溜めて見る

日本式いじめの一つ会のあとらしき断り状群れて着く

いいように言われて黙って来たけれど僕には僕の言い分がある

氷塊は文字なき墓標剥き出しの墓群は家より数歩のところ

魚の肉野菜の死体を切り刻み鼻唄うたいつつ妻がいる

娘を叱るついでに僕も料理して妻は毎日包丁を持つ

服にしみつけしことより長々と妻の小言は過去にまで及ぶ

生き生きと語れば五体不満足不満の人らよりも輝く

ごろごろと僕に纏わり付いてくる娘小一なまいきざかり

さなぎより出てくる蝶の羽根のごと手足を伸ばし娘は眠りおり

溜め息もて妻のあきれる駄目亭主特に演じている訳じゃない

恐いから殺してという娘を叱るたまには小さな心も伝う

角もたぬ氷塊果てもなく続く岸を巡ればやさしさに満つ

我が裡に真っ赤に灯る暖かき火よ流氷に日は沈みゆく

沸きて来るつまらぬ心拭いつつ青澄みわたる空ばかり見る

雲光る梅雨の晴れ間かまぶしくてヒロヤマガタの青満ちわたる

どのように地球を歩いて来たのかと生徒の渡りの軌跡をたどる

生まれてより今までどれだけ糞尿をしたのか数えている生徒あり

糞尿の群れが危険な薬品と共に下水に流されて行く

糞尿は江戸時代には肥料にて無駄なき社会もかつてはありき

地球儀の上には点の他なくて鳥と島とを間違えて書く

人殺しばかりテレビに溢れいて風さわやかな墓に来ている

青春・朱夏・白秋・玄冬それのみの話に授業の大半終わる

玄冬は誰もは行けない行くべしと人の季節の終末語る

年月をかけて全き命ありクローン羊の欠陥を聞く

経験もなくためらいもなき渡り鳥叫びつつ大海を飛ぶ

命賭け飛ぶ前日に身じろぎもせず木に止まるサシバの群れあり

倍倍に親また親を数えさせ命の深きことわり教ゆ

諍いと思えばテレビの声音にて家族は家は肉声もなし

留鳥といえども人の戦いを逃れし疎開雀ありにき

疎開の子都会の雀は痩せこけてあわれいじめの対象となる

朝まだき川面に白き旅鳥は流れに足を浸して眠る

親から子子から孫へと流れゆく見えない水脈をたどりつつ寝る

溶けてゆく君の叫びのただ中に銀河のごとき精放ちおり

討議するスナップショットに才媛もただの嫌味なおばちゃんに見ゆ

スナップは人の視線の一つにて己れが嫌な他人に見える

都合いい視線ばかりを我に当て人の醜さばかり目がいく

人のこと考えるたび結局は自分の醜き心に至る

醜くとも愛しき心も見えてきてもう一抱え人抱えおり

本当に歌うべき歌うたわれで賞すらたらい回しにされて

返事なきゆえに自由にその時の気分次第の人作りおり

集団で生徒は確とシカトするいじめは子供も大人も同じ

筆不精とは明らかに違うもの無視という気を感じておりぬ

転んでもただでは起きぬしたたかさ少し我にも身につきはじむ

歌にしてしまえば今に繋がりて無駄な過去などある筈がない

シカトする鹿が向こうを向くだけで何故に無視する言葉となりぬ

失いたくない物出来れば戦争はなくせると言うパレスチナより

土地のため一所懸命人殺し続けて人は滅びに向かう

命懸け水掛け論に血を流す人は絶滅寸前にあり

剃刀かダイナマイトか歌作る心危うくもてあましおり

歌作り出せば巨象の大群となりて抑えがきかなくなりぬ

絶対に今年は勝つぞ勝つべしと思え思わばタイガース勝つ

作りつつ六甲おろし歌うから歌に勢い出てきてしまう

海の色映して空も果てしなしオホーツクブルー満ち満ちわたる

夜に吸われ暮れゆく光寄せ集めきらめく海は銀河のごとし

紫陽花は揺れつつ笑顔満ちあふれ傘の奏でる雨聞きており

偉そうに、そんな思いに流氷記封も切らずに捨てられてあり

暇なくて忙しいからなどと来る俺はよっぽど暇人なのか

生意気でかっこよすぎるオツベルは潰してしまえ殺してしまえ

太陽の引力にすら反応しこの頃目覚めの朝早くなる

少しずつ親の批判を口にして世間の会話に娘は入らんとす

畳み方なっていないとミソクソに妻の領域ばかりとなりぬ

鬼ばかり渡る世間の声聞こゆお前なんぞの出る幕じゃない

無位無冠無名の歌も輝きを放つことあり帝よりなお

高辻郷子本田重一網走を思えば大地耕している

台風の時には笹原城跡に風に吹かれて鳥となりにき

風下に向かいて飛べばしばらくは鳥となりにき両手を広げ

朝刊を取りに行くまでごろごろと心は鳥のごとくに遊ぶ

雨落つる気配の重き雲間より劇幕光ゆら揺れて輝く

目つむれば文字化けの闇あらわれて胎児のごとき思考がつづく

紫陽花の眠りの夜の空間を胎児となりてさ迷い遊ぶ

窓越しにテレビの画面は青々と夜の紫陽花の辺りを揺らぐ

人間のため手折られし紫陽花の涙のごとき輝き放つ

紫陽花のかすか揺れるを見つつ待つ夕べの逢瀬はたまゆらにして

否応もなく捕まるを肯ないて携帯電話にすがる人見ゆ

過去未来遠くへ自由に羽ばたける心楽しまな生きているうち

六月は職員室まで水満ちて深海魚のごと喘ぎつつ過ぐ

雨の音聞きつつ頭蓋紫陽花になりて膨らみ眠りへと入る

腹の中に一年生きると数え年その意味中川イセより学ぶ

まばたきのたびひるがえる葉の見えて心は一気に網走へと飛ぶ

級や段なんてもういい日本的意識は短歌結社に及ぶ

雨の音聞くたび開き増えてゆく紫陽花万華鏡見るごとし

紫陽花の雨に打たれて帰りしがギターつま弾く夕べとなりぬ

紫陽花を思えば『雨の物語』歌うよ過去は美しくなり

僕はまだ君を愛しているんだろなんてフレーズ何度も歌う

雨の音聞きつつ眠る雨落つる模様は一瞬だに同じなき

雨落つるたび花開き揺れながら紫陽花星のごと視野に満つ

ワイパーの扇の形一瞬に雨滴は消えて川筋となる

街灯に君照らされて罪のごと肌ほの白き溜め息と見ゆ    (・かきつばた)

紫に陽は地に陰り花揺れて一途な思い蝋石にて書く     (・紫陽花いろ)

かなしみに耐えつつ眠れば月冴えて無数に横たう流氷照らす (・かたつむり)

以上百十七首