十一号蝉響号

可愛さと煩わしさとが入り混じり娘は首絞めるように抱きつく

人のあら捜しばかりに浮かれいる哀れな自分に気づくことあり

ある程度認められての孤高など篩えば醜き己れとなりぬ

ラベンダー波立ちながら寝転べば限りなく青き空広がりぬ

氷塊はためらいにつつ海面に真っ赤に浮かぶ日が沈むまで

嫌らしいほうが癒しになるというラジオの会話癒しとなりぬ

マネキンのように海猫立っている氷塊一つ溶けつつ浮かぶ

海面に溶けつつ浮かぶ氷塊に十羽の海鵜動かずにいる

砲台は四角く海を見下ろせり焼き肉原生牧場の下

流氷の寄せ来し藻琴海岸に廃船海に真向かいて立つ

枯れ色は金に輝く知床に夏などなくて冬支度見ゆ

氷塊の上に雪積む穏やかな夕べの蒼き闇広がりぬ

命より大切なのか売れ残り何億円もの非加熱製剤

阿部英、郡司篤晃… 名を上げることのみ狂奔せしものの果て

力ありそうな所に靡くのみ人のかなしみまた見てしまう

ボランティアが職を奪うと優しさも奢りの一つと分類される

地球にはクレーンが棲み人間が周りを蟻のごとくに動く

鳥となり魚となりして黎明のしばし布団を抱き締めて寝る

断りの返事の中にプライドと社会の掟が見えかくれする

米軍機に襲われしこと父話す頭隠して尻隠さずと

権威持つ者のプライドより起こる諍いばかり人の世にある

花壇に咲く花よりもなお美しく咲く雑草と呼ばれる花あり

プライドの見えかくれする断りの葉書も大事にしまうこのごろ

白樺は神の無数の足並べしめやかに風歌いつつ過ぐ

空青き神の作りし白樺の幹くきやかに輝きはじむ

白樺の林は鹿の足のごと跳ねつつ青き空渡りゆく

網走も富田も闇はつながるに深夜明るき道帰りゆく

雲海の上澄みわたる空ありて死の向こうには苦しみもなし

いっぱいに鳴き切れば死ぬ蝉の声死をつかまんとして生きるのか

見つからぬ死体が土となる森に蝉の死骸も土となりゆく

抜け殻の数匹見えて我が庭の金木犀より蝉飛び立ちぬ

死ぬることまだ実感とならぬまま我が人生の半ば過ぎゆく

結ばれる女性と光源氏あり千年前にも蝉聞きながら

快楽に果てるも死ぬも同じこと蝉これでもかこれでもかと鳴く

いつの間に小さき深き穴あまた蝉の命の出で立つらしも

ひんやりと清しき風に曙の空より蝉が鳴き始めおり

幾年も無常の蝉の生き継ぎてひらすら夏を震わせて鳴く

目つむれば頭蓋の森に鳴り響く蝉あり夜には骸となりぬ

敗戦の蝉鳴き継ぎて日本の惨めな心も育ちゆくらし

やかましく死は死は死はと蝉の鳴くそう死に急ぐこともないのに

神経や血管巡る我が裡の巨大な森に蝉競い鳴く

朝の蝉夕べ死なんかやかましく命の鼓動震わせて鳴く

蝉の声聞きながら死ぬ人あまたありしと思い浸りつつ聞く

兼好も芭蕉も夏の徒然に蝉しみじみと聴きつつありき

媚びるべき人に逆らう性癖を不器用者と笑われて過ぐ

世に受けるべき歌さがす人々の群れあり少し寂しく読みぬ

蛹より伸び立つ蝶の羽根のごと朝顔徐々に花開きゆく

震災後瀟洒な家の建ち並ぶ坂を六甲ライナー下る

麦を刈り入れる七月女満別猛暑続くと電話にて知る

なだらかな山の形に麦畑風吹けば波伝わりてゆく

海跨ぎ六甲ライナーより見ゆる仮設住宅疎らとなりぬ

少しずつ海かき分けて進みゆく船無理無謀の限度を知りぬ

なだらかな海に杭打ち進むごと明石大橋船くぐり行く

震源地明石大橋付近にて光の橋を船くぐるのみ

遠ざかり二つの棒のみ海に立つ明石大橋墓標のごとし

智恵もなき人の醜き戦さえ所詮は地球の模様のひとつ

草木のはびこる意志のひとつにて糞を撒きつつ動物があり

戦争が淘汰してゆくとばかりに滅びに向かいつつ人がいる

日本は多少卑屈に戦争を避けつつ生き来しこの五十年

九州も近畿も蝉の鳴り響くすぐに死にゆくもののたそがれ

この犬も狼たりしか公園の舗装路誰もが人形に似る

袋もて犬連れ歩く舗装路が土の香たりし昭和も久し

今はもう煙もなくて形のみ八幡製鉄東田高炉

特攻隊出撃ならず若き父東田高炉の起重機に乗る

中川イセ小坂奇石も生まれいて一九〇一東田高炉

標的であるとも知らず若者が携帯電話と話しつつ行く

手榴弾地雷のようにお手軽に携帯電話が爆発始む

寄付金の筈が何やら巧妙に天引き自動振込みとなる

蝉時雨しみじみ聴きてスイッチを入れれば無人君ララララ

余情など求めぬ気風育ちゆく日本よしばし蝉時雨聴け

脈絡もなく立ち止まる我が癖を癪に障ると妻いらだちぬ

五米泳げるためのためらいと勇気かき分け娘は泳ぎ着く

溺れつつ泳ぐ娘よ生と死のはざまを少し覚えいるらし

人死ねば焼かれて灰になるという娘の話の聞き手となりぬ

この娘わが死を見取り生き継いでいくのかいかなる死に顔我は

未知というより本能のままにして娘は物怪信じいるらし

幾年を土に籠りて出でて鳴く蝉の鼓動の天にこだます

溯り土に還れよ陣痛の傷みのごとく蝉鳴きわたる

目つむれば銀河の星の生き死にが命の果てまで蝉鳴き続く

縫いぐるみ畳の上に転びいて命の蝉の沁みわたり鳴く

目のあたり無数の光漂いて蛍の匂い野の闇に満つ

死後歩む光の道に蛍いて獣の匂い漂わせ待つ

メモに取り損なう歌の墜ちてゆく闇より蛍の乱舞となりぬ

彼方より群れて飛び来て蛍舞う夜道黄泉路のごとくに迷う

糞尿の匂いを田舎の香水と言いしことあり一昔前

人間を馬鹿にしながら搾取する一かたまりの公僕ありぬ

サッチーにコソボ悲劇にヘアヌード…刺激に週刊誌は反応す

週刊誌知らぬ事なく本人にすらわからないドラマが続く

大腸に百種の菌が百兆も棲みいて地球のような人体

人のため仕事を作る世の中となりて自然も壊されてゆく

おいしそうなどと幼き死体さえ人よろこびにすることがある

横たわる外なく魚は並べられ死に際動けば新鮮という

店頭に動く蟹あり人集い笑うも醜き傲りかと聞く

魚市場死臭漂う空間にまだ生きている魚もありぬ

小さな船大きく揺れて赤き網手繰るせわしく動く腕見ゆ

滅ぶべきノストラダムスの七月も過ぎて高校野球となりぬ