十二号夏残号

ホッチキス、裁断…腰がへらへらと崩れ落ちつつ数日終わる

かくまでにこだわり命擦り減らす歌ありありと我が裡に棲む

カップ麺、ペットボトルと曖昧な日本の容器が捨てられてある

この年になりても寝相悪きこと感謝すいまだ健康にいる

生きていると思えば死者も蘇り語りかけさえしてくれるもの

よく見れば分かる程度に震災の跡残りいる神戸となりぬ

時流とはかくも虚しくア行には赤川次郎ばかりが並ぶ

保険金遺して死ぬる夫のことうらやましく妻言うことがある

くつろぎの家かとごろごろする我に妻いらいらと足踏み強し

死に際は幼き心よみがえる母より出でて還りゆくべく

学歴で人差別する会話聞き逆らわねばと思いしことあり

一日を終えるも死ぬも同じこと快きこの眠りに沈む

蝉の音ぴたりと止まる空間の一コマ人のざわめきを聴く

地の国の穴より出でて鳴きわたる蝉ありここは…四囲…椎…思惟…弑…

不便でも不幸でもなく子供らは望みて障害物に親しむ

絶滅の他すべなしかナマケモノ動物園でなく生きてゆけ

アマゾンのセクロピアの木だけに棲むナマケモノ月見上げて眠る

歌作るときの頭脳は空洞となり何もなきところから湧く

どのように捜してみても我が裡に言葉も文字もかけらだになし

三歳の時に娘は文字知らで童話数冊暗記していき

印鑑のごとき文字持ち信頼と知恵失いて人滅びゆく

文字持たぬ誇りと悲劇語り継ぎしゲンダーヌも今文字となるのみ

おのずから備わるべきもの食い尽くす文字もて文化文明という

電波となり記号となりして次々に文字増殖し人殺しゆく

パソコンと呼ばれる頭脳持ち歩く若者鼻に輝くピアス

形さえなくして死者の語りかけ言わんとすべき墓に来ている

食べられる物の謂にて食物をたやすく今日も我らは食べる

人が人裁けるものか生き物を刻んで焼いて食べる人々

憎しみもなく殺しては食べている人こそ愛すという言葉好き

冷房を利かせて車は炎天の夾竹桃を眺めつつ行く

唐突に視野閉ざされて死の後は宇宙の塵となりて彷徨う

宇宙より金の粉降り注ぐ朝水鳥騒ぎつつ海を飛ぶ

赤カンナ咲きいしところ崩されてただに平たき空き地となりぬ

伸び縮みする時間あり竹刀もてためらわず虚を一気にたたけ

緊迫の攻防続くためらいの一瞬面がすべてとなりぬ

隙あらば敵も自分も真っ二つその勢いで面打ちて行け

目に見えぬ悪鬼を竹刀撓わせて叩けり剣道着の少年が

裂帛の気合と共に中空に竹刀は撓いつつ面決まる

海上の海豚のように体が伸び面一本が瞬時に決まる

小手面胴次の瞬間空いているそこへ素早く竹刀を飛ばせ

羽のごと竹刀の先を震わせて小手浮き上がる瞬時を狙う

打たんとする出端に小手が一瞬に疾風のごと駆け抜けて過ぐ

審判は瞬時に旗を挙げるべく選手の動きと流れを探る

旗挙げるため指先は震えつつ竹刀の割れる瞬時を捜す

息を呑む群衆のなか面を打つ少女が海豚のごとくに跳ねる

生も死も所も時も越えて在る心を歌い継いでゆくべし

目つむれば知床の海あらわれてオホーツクブルー風も輝く

我が心あまねくわたり流氷を見下ろす尾白鷲となり飛ぶ

今の世に流れ流れて溶けるまで短き生を浮かびいるらし

流氷となりて漂う八月も溶けて寂しき九月となりぬ

あまりにも短き命と知る時しいよよ余生も少なくなりぬ

死に向かう生も溶けゆく流氷も照らして斜陽かけらとなりぬ

雲速く流れて地表風もなし九月早朝虫の音繁し

セピア色写真のように生け垣を覆いてノウゼンカズラ群れ咲く

生け垣にノウゼンカズラ燃えていた君との会話他愛もなくて

葛の花わずかに見えてひと夏の繁りは小さな空き地を覆う

笑顔もて蝿殺せるとCMが闘争本能刺激している

大陸のような形の氷塊が微かな風に移動して行く

さまざまの祈りこもれる墓石の林立見上げ今日始まりぬ

西陵中昔は兎棲みし森壊して人を育成したのか

人間も壊されなければならないと醜き戦の屍並ぶ

花を摘むなんて優しき感情と思えず生きき生き難かりき

どうしても好きにはなれぬ花を摘み人のためだけ飾る営み

流れ行く水に動かぬ大鷺は時溯る氷塊に見ゆ

光りつつ雲盛り上がり不安とも期待とも蝉やかましく鳴く

岩走る水ありありと一瞬の少女の裸身となりつつも消ゆ

ゴキブリを殺してと妻叫びいる因果なことよとあきらめて立つ

台所隅に動かぬゴキブリを剣もて対峙するごとく待つ

ゴキブリが裏返しとなり物となり我にも殺す悦びがある

怪獣がそこにいるかと葉と枝の伸びてニセアカシアの群れあり

風や木や草や土より呼びかけてくる黎明の静けさにいる

屍をさえ傷つけて内戦の肉まで沁みる憎しみが見ゆ

人の肉に混じりて肉の匂いする精肉売り場そそくさと過ぐ

肉刻み量り売りして人間の危うき平和の一コマが見ゆ

内蔵が陳列されて主婦達のとりとめもなき立ち話あり

戦争は相手の悪口ばかり言い醜き屍さえよろこびぬ

本統のグルメよ無駄なく謹んで生き物食べる心言うべし

夏いまだ残りて九月引き絞り蝉あかあかと沁みわたり鳴く

蝉となり命の限り泣きわめく法師を人はやかましく聞く

つくづく惜ーしつくづく惜ーしつくづく惜ーし悔い多し悔い多し悔い多ーし

鬱解けぬままに彷徨い来し広場人混み人はゴミのごとしも

苦しくもどど降る雨に鳴き止みて蝉何思いつつ弱りゆく

三本とは言えず向日葵三人咲く群れとは違う親しみがある

しおらしく優しき顔を向けていし帰路見し雨に濡れし向日葵

名も知らぬ草に束の間しがみつき雨宝玉となりて輝く

雨に濡れ雨を喜ぶ少年にしばし戻りて家路を急ぐ

蛇口より水滴落ちてとととととその音次第に大きく聞こゆ

感情の起伏激しき内面を生徒に察知されることあり

蝉の音させて九月の温かきシャワーは素肌に弾けては落つ

だらしなく名も無き僕の誇りゆえ妻と小さな諍いをする

妻はただ普通であって欲しいというそれが一番難しいのに

赤カンナ・向日葵・木槿・百日紅…帰路風少し冷たくなりぬ