十三号秋沁号

萩の花垂れてツクツク法師聞くその関わりのしみじみ哀し

葛の花あな美しと思えども昼間切られて空き地となりぬ

ススキ・萩など鮮やかに咲きいしが刈られて草の死の匂い満つ

花びらの落ちし枝より桜の葉枯れて波立ちながら落ちゆく

膝から腰、首から肩へと移動して痛みの教えてくれるものあり

ピアノ弾くように少女はパソコンに向かいて機器の一部となりぬ

雲走る空の下にて台風を待ちつつ並木の緊張が見ゆ

歌を作らせているのは世間とは離れた履歴の生きざまによる

擦れ違う夜の電車は昇降機彼方へ上下するように見ゆ

右目より出でて電車はするすると夜の隙間へと吸い込まれゆく

限りなく深き奈落へ警笛を鳴らしつつ夜の電車は急ぐ

蝉の馨絶えて虫の音へと変わる九月我が血も入れ替わりつつ

萩の花あまた開くも開かぬも何かを語りかけたくなりぬ

小さき花飾りのごとく群れて咲くしばしを萩の命となりぬ

いにしえ人愛でいし花か我が前に今の命の萩咲きにけり

萩咲けばいにしえ人の現れて花と混じりて小枝に止まる

かごめかごめ幼子集う萩の花次々開けば踊りとなりぬ

鈴の音響くがごとき秋の風折々葛の花見えている

死者増えてゆくたび活気づくテレビ聞きつつ人は勤めに出て行く

文化祭するたびゴミが増えてゆく人の傲りを文化というか

細き道くねくね続く戸伏町家より出でて一人は楽し

雑草と呼ばれる花と虫の音と人よそのまま触らずにいよ

窓いっぱい貼られた値段がすべてにて中古車人を待ちつつ並ぶ

冬を越す命はありや秋風に吹かれつつ虫ひとしきり鳴く

思春期に親に反抗するように妻に反抗ばかりしている

シンデレラ││鼠も蜥蜴も幸福に連なりて人愚かに見える

娘が弾くピアノの曲を美しと褒めてばかりを妻なじりおり

空晴れているのに予報は傘マーク並びてデタラ雨だと笑う

思い切り声を出そうと両手広げ目を輝かして少女は進む

家一つ建つさえ無数の生き物が突如殺され滅ぼされゆく

日向より陰へと人は移動するそのうち日陰がすべてとなりぬ

グラウンド強き光に照らされて死後渡りゆく海のごと見ゆ

突っ掛けでちょっと散歩に出るように死に入る人をあっけなく聞く

愛想の悪き小さな古書店の主も夏も逝きてしまえり

親しみし安藤古書店今はなく軒の上にて看板残る

生臭き土の匂いの更地にて家食べ終えしクレーン一機

捕虫網で娘の採りし虫籠に蟋蟀一夜しみじみと鳴く

一匹の蟋蟀の声と夜を過ごす体の芯まで沁みじみとして

目つむればただ蟋蟀の音のみにこの世も夜も安らぎの中

ものなべて虫の音となり燦々と星の輝く深夜となりぬ

一匹(ひとり)では寂しいからと蟋蟀を増やしし娘共食いを知る

蟋蟀は足一本のみ遺されて昨夜(ゆうべ)は己れの弔いの声

性格も個性も持ちし一匹の蟋蟀の死を思いみるべし

夜を込めて鳴きいし彼を食べたのか太った雌の蟋蟀がいる

枯れ草と枯れ葉集めて我が庭に蟋蟀の家娘(こ)と作りおり

虫籠も網も使わぬ我が庭の蟋蟀夜をひとしきり鳴く

蟋蟀を捕まえて来て我が庭に放てり娘生き生きとして

我が庭に蟋蟀放てば高々と縄張り主張して雄が鳴く

コロちゃんと娘の名付けし蟋蟀が今鳴いている親子して聴く

追いかけて来て階段を踏み外す夢といえども脊骨に響く

稲の穂の無数に垂るる金色の朝な朝なを風吹き渡る

あっけなくビル壊されて建物の命の隙間に秋風の吹く

我が裡の少年時代と重なりて幻のごと生徒の群れあり

人混みに紛れて死んだ筈の人ふと擦れ違う一瞬がある

彼方まで流れるように滲みつつ曼珠沙華の朱が緑に浮かぶ

蟋蟀は黒黒黒黒黒闇を塞ぐため柔らかくひた鳴く

墓に棲み死者の心を伝え鳴く閻魔蟋蟀日々響き合う

我が命氷塊となり網走の海に来て夕日を浴びている

盛り上がり花開くかと立ち上がる氷塊命の極みなるべし

流氷のように漂う此の世かと次々視界の変わるさびしさ

向陽ケ丘より遥か知床の連山雲より現れて見ゆ

流氷のことを思えば流氷となりて彷徨う分身がある

写真にて流氷見つつ蟋蟀の音しみじみと沁みわたりゆく

全力で逃げる激しく追いかける走る基本に声援は満つ

崩れるかと見えつつ徐々に立ち上がり四層組立て体操は立つ

少しずつ一つのドラマ出来てゆくそんな夢見る眠りも楽し

追いかけて追い抜く際は狩りにいて獲物射止めしときめきに似る

確実に死に近づいていく時間(とき)を競いてリレーの攻防続く

射すように全ての視線注がれてついに最後の一人をも抜く

人一人にさえ百兆の命棲み荒れ地に風と虫の音聴こゆ

一人夜は泣きたいくらい沁みじみと蟋蟀命を涸らしつつ鳴く

朝食にさえも無数の死が皿に載せられていし我が腹にあり

今日一日さえも無数の生と死をまといて過ごし眠りへと入る

神無月ゆえにか鬱が絶望のまま夕闇の部屋に我がいる

新聞の片隅なれど親しみしビュッフェの自死に滂沱となりぬ

自殺せし人ら親しく迫り来る確かに我も同類なれば

果てしなく自分を責めて追い詰めて死へと導く長い夜がある

冗談のように聞こえて俺だって今が晩年なのかもしれぬ

少し死に近づきながら新しき一日の朝をうとうとといる

知らぬ間に死にいし蟋蟀干からびて影濃き土の一部となりぬ

地下鉄は長い洞窟真っ暗な真昼をひそと通り抜け行く

残されたフィルムによりて人と人繋がり伝うまごころがある

唐突の電話のような繋がりに心伝わる生きてあるべし

危ないと書かれし便りが死となりてテレビにて聞く三浦綾子を

死後もまた生きて行くべく書棚には三浦綾子の分身が見ゆ

永劫の思い遍く深ければ死しても人は生きわたるべし

生も死も貫く何か見えてきて人は思いによりて繋がる