十四号金木犀
雲丹の肉たわわに垂れているような金木犀の花匂いくる
幸福の家にあるべく金木犀葉っぱの根方に金の花咲く
真夜中は障子に葉影映しいて金木犀わが家族(はらから)のごと
金木犀に雀騒げば明るくて障子に映りし影消えている
気が付けばほぼ均一の甘さにて種もなき柿割るように噛む
土となり肥やしとなりて安らかに蟋蟀の死が転がっている
空蝉のいまだに止まる木犀の香りは土のいずこより来る
我が脳が地中にありて支えいる夜の金木犀星空の下(もと)
金木犀の花あっけなく落ちてくる五時前すでにか暗くなりぬ
夕映えの海に氷塊浮かぶごと金木犀の花びら溜まる
何となく弾まぬ便りの一言の向こうに見える光景がある
地球という一個の原子が一瞬にして幻となりて消えゆく
心込め作りし歌も拙くて返信なきも返事のひとつ
個人誌など返事もなくて権威より要請あればほいほいと乗る
かくまでに尖りし心も少しずつ金木犀の香にほぐれゆく
蚯蚓(ミミズ)など土の命が育みし富有柿ガブリ甘味がしみる
マスゲーム美しされど背後にてアドルフヒトラー右手を挙げる
本統の役所は熊もムササビも登録すべし原住民と
雨の後しばらく虹の観覧車見ており二人手が触れている
二人降りることなき虹の観覧車鮮やかなれど消えてしまえり
朝もやの湖面に朽ち木さざ波に静かに移動するように見ゆ
名有るより名も無き方がかっこいいそんな実のある生きざまもあり
居なければ不安の募る妻なれど居れば腹立つこと多くなる
父親に似てだらしないとなじる妻無視して娘わが膝に乗る
青々と地球優しく映りしを娘(こ)がリモコンで一瞬に消す
その匂い伴いながら蘇るかつて馬糞紙という紙ありき
我が意識無意識分解されて寝る百兆細胞目をあけている
死者にさえ媚びずに虚飾なく描く作家のかなしみに立ち向かう
生き生きて神の域まで入り給う人の言の葉謹みて聞く
ぐず・のろま・おっちょこちょいが歌作る思いの丈は誰にも負けぬ
傷つけぬ言葉を選びするうちに声の勢いだけで負けゆく
自分とは違う自分が語られて自分のように見えることあり
たくさんの人が歴史に現れて死の年だけは大かた残る
黒き原緑や白に染まりいて女満別よりジャガイモ届く
信号に止まりし車の稜線が鈍き光の朝少し冷ゆ
季過ぎてわずかに残る萩の花冷たき風にひときわなびく
膝伸ばし眠れば膝から滲みじみとあぶくのような疲労が昇る
地に沈むように寝床に背骨置く一日の重さがずしりと響く
排泄器性器と変わる戸惑いも少なくなりて老い始まりぬ
数曲より選ばせて何が自由曲生徒に教わること多いのに
もう少し大人になれよというような眼差しの中我が独りいる
いっぱいに朱き実重きピラカンサ我が校門の端彩りぬ
歌謡曲演歌と小馬鹿にする人のあわれ生き来し過去を寂しむ
それちょっと違うんじゃないと思うこと此の頃止まらぬもの多すぎる
何カッコつけて使うななどというかなしい時はかなしと歌え
名を挙げて何か卑しくなっていく必衰人はかなしみを抱く
酷寒の木になる大鷲尾白鷲思いつつ柿実る空見ゆ
とりあえずここまで生きたと新しき年迎うることあと幾つある
年の暮れ突然逝きて網走の棚川音一賀状を残す
冬に向き急ぎ冷たき風吹けば盛りの過ぎし花立ち枯るる
流氷が燃える網走二つ岩『続・氷点』の終章に佇つ
潮干きし網走川に死にかけて口のみ動く鮭浮かぶ見ゆ
勢いを持ちて昇りし鮭の群れ海へと流されながら死にゆく
食べられていく瞬間に生き物は力をほどき死に向かうらし
目つむれば心のままにさまざまな流氷浮かび我が前にあり
幻に過ぎぬ此の世か地平線まで流氷の凹凸続く
流氷の間に間に位置を変えながら真っ赤に濡れて波輝きぬ
もう何もかも赦されて流氷の燃ゆるばかりの輝きに入る
かなしみも怒りも同じ心にて我が魂の奥処に触るる
離れても伝わる何か流氷となりてさまよい歌いゆくべし