凍 雲 号 歌 (六十首)十六号

携帯もインターネットも無縁にて我今絶滅危怖人となる

ちょっとしたズレにて罪や死に至る人らもまとい震災忌過ぐ

眠るたび死んでは朝に生まれくる命と思えば一日は楽し

沸きてくる醜き思い弄ぶ黄昏人はほどけゆくべし

どこでどう間違ったのか罪犯す人あり気づく時には遅し

死者は立つことさえ出来ぬと歩みつつ微かな生きる喜びにいる

笑い声さえも頭蓋に響ききて楽しめず鬱々として過ぐ

泡立草立鈍枯れて線路土手色鮮やかな空罐一つ

パソコンの中より分類されて出る人を何だと思ってやがる

乗り遅れ歌一つ出来塞翁の心に触るるよろこびとなる

代名詞「あそこ」と言えば笑い出す思春期盛り生徒達あり

何もかも忘れて歌を作るべしこの青空に神棲み給う

曇より青空少し見えてきて楽しく心変わりゆくらし

硝子より冬の光の射してくる声さえ遠くくぐもりて聞く

月解かれつつ天心にもがきいる心もとなき底冷えの朝

背中まで凍れる夜かオリオンの弓絞りつつ我が前に立つ

風吹けど揺らぐことなき電柱の葉の散り終えし銀杏と並ぶ

雲間より明るき光幸多く神の与えし一角が見ゆ

いつの間にこんな齢になっている自分に気づき歳重ねゆく

車の音電車の音など地を擦りて己が眠りも微かに揺れる

求むるものだけに輝く光あると信じて眼強くして生く

出来ぬこと怒りて責める女教師を関わりなけれど憎悪しており

小便の勢い見つつ音を聞く喜怒哀楽の薄れる時あり

野ざらしの首(こうべ)のごとくしばれゆく朝にて命ひときわかなし

エジソンも見放し棄てた学校の悪常識の口あまた見ゆ

ウンコするそんな言葉で心までほぐれて行きし生徒達あり

海蛇座飛びかからんとする凍夜神々の星輝きわたる

果てしなく澄む青空に雲の群れ白く輝き凍りつつ行く

アイヌより何より人の基本にて無闇に殺生して欲しくない

張り詰めて裂けて痛みのしばれるをストーブ昇る火がほどきゆく

葉にしがみつきてくるくる回りいる水滴地球のごとき輝き

今まさに離れんとする滴くあり命の重きかなしみが見ゆ

膨らんで崩れてしまわん一滴がくるくる回る輝きながら

弾けては空に舞いつつ一瞬の水滴そこは宇宙のごとし

横たわる我にさえ吹くすきま風弥七の三味の音よみがえりくる

巡礼の途次にて入水自殺せし弥七いかなる風景を見し

女殺油地獄とよみがえる津太夫弥七のひびきかなしみ

人形といえども悲しき定めにていと惜しみつつ死へ旅立ちぬ

風景を巡礼しつつ野ざらしの骸とならんわが希いあり

霧溢れあふれ流るる湖面にて時折神の棲む島が見ゆ

たちまちに霧に溢れて摩周湖の神棲む島も見えなくなりぬ

大滝のごとくに霧の溢れ来る屈斜路湖面みずいろやさし

たちまちに山追い越して走り来る霧の叫びのただ中にあり

冬日差し暖かければ明るくて死など忘れた人々に満つ

道くねりながらも家(うち)へと続きいる風景こそ我が過ぎ行きに似る

生き人に混じりて死者も犇めける朝のラッシュの束の間を過ぐ

本統に仲良く暮らす民族は滅びて今の繁栄がある

都合のいい先祖を選んで編んでゆく家系図清和か桓武に至る

覚めて今かなしからずやすんでまで夢にて命狙われて過ぐ

電車過ぐ駅のホームに生と死を揺れつつ日差し人白く塗る

次々に土に吸われて細雪斜めに異次元空間に降る

束の間の旅立ちならん風に乗り雪虫あまたゆったりと落つ

合唱に合わせるように霏々と降る泡雪土に吸われつつ消ゆ

病葉に霙そぼ降る窓見えてモーツァルトの横顔かなし

畳なわる吹雪の絶え間くっきりと流氷原は国のごと見ゆ

盛り上がる氷塊ありてなお高くくっきり大きな月浮かびおり

神々の山横たわる知床を望みて氷塊盛り上がり見ゆ

石を積む賽の河原のごとくにて氷塊天の果てまで続く

夕暮れの空へと伸びてゆくポプラ紫立ちたる雪原に立つ

船のごと網走台町潮見町夕日の浸る氷海を行く