今までの歌の断片集十九号

神さびてにわかに明るき海となる夜明け岐羅比良坂下りつつ

網走に来て網走と書くようやくに流刑にとらわれいし心より

刑務所も二つ岩海岸も校区にて網走二中声太き子ら 

堅雪は氷となりて我ばかり滑りて転ぶ街角のあり

雪の町夕暮れどきは人絶えて電信柱の連なりており

電線に鴉連なる雪道を幼き一人とぼとぼと行く 

魚のごとかすかに口の動く見ゆ凍りたる夜の電話ボックス

雪明り青く注げる放課後の長き廊下をぎしぎしと行く 

我が帰るたびに出でくる猫ありて彼も孤独の目を輝かす

滞まりて僻地教師となる姿わが眼裏に執念く残る

潮干きてだんだら残る砂浜に白き鳥わが心をつつく

雪積みて険しき崖のひとところアイヌひそみし洞窟のあり

雲海の如く湯気立つ雪原の紫だちたる日暮れ帰り来 

ゆっくりと秘かに町の上昇す真白き羽毛降らせつつおり

キタキツネ歩みしのみの流氷原その下にして育つ魚あり

黒ずみし薄き氷が海の目のごとくまともに我が前にあり 

踏むたびに我が足音の響くらし崩れつつ立つ流氷の見ゆ

流氷がひずみのごとく盛り上がる思えば余剰の地に人は住む 

流氷に巨大に咲きし青き花輝きにつつ開きゆく海

緑葉樹繁りし崖も細き木木まばらに刺さる雪景となる

冬の滝我が前にして凍りたりここまで逃げ来しわれにあらねど 

流氷が津波のごとく近づくを能取岬の果てにみている

海に消え海に生れし流氷の叫ぶがごとく岸に迫り来

流氷をめぐりて飛べる海鳥よ曇りてあれば響きつつ鳴く 

遠がなしく響くキツネの叫び声真夜流氷の海をみている

流氷原鋭く裂けて青々し潮の香のして海ひろがりぬ

流氷よ海に還れよ網走にこのままいては戻れなくなる

凍死などしているなかれ夜をこめて家出の生徒捜しつつおり

校庭のスケートリンクに積みし雪ごみのごとくに日々払いゆく 

雲母雪まといて走る風のむた集団下校は黙しつつゆく

滝のごと吹雪きて視野はひたひたとわが空洞を浸しつつおり

顔上げぬままの生徒を気にとめて授業の声のつまりゆくなり

網走先生アバちゃんなどと生徒言い我が網走も明るくなりぬ 

網走の吹雪の話して帰る我になまぬるき冬過ぎて行く

連結を離れしホース炎天に放り出されて水吐きており

一人居はカメラのごとく移動して部屋には我の視野のみがある 

風吹きて散るにもあらず曼珠沙華緑にまぎれゆく立ちしまま

わが前に色ボールペン散らばりぬ終日去らぬかなしみを持ち

地下街にたゆたいながら人の群れこのまま死まで移動しつづく 

犬の顔雨に打たれて横たわる骸あり夜を帰る路上に

刑務所より逃げて来しごと言われいる我は勝者のごとくふるまい 

わが裡に荒れゆく部分持ちながら荒れゆく生徒に対処しており

千代の富士千秋楽に尻餅をつきてかくして昭和終わりぬ

歌作るこころにひそみいるらしきかなしみまとい生きゆく我か

明日待ちて共に眠りぬ店頭の魚の屍体と浅蜊の群れと

明かりつけテレビのスイッチ入れながらたまらなくなる我が不在あり

教室では心はずまぬ生徒二人ボールを巡れば生き生きとして

路地裏にいきなり駝鳥の首のごとなまなまと赤きカンナ花あり

赤とんぼ無数に群るる波の上ためらいにつつ日が沈みゆく

風吹かぬ夏の湿りを伝いくる貨物列車の土たたく音

俺の死もこうかもしれぬ雨の音瓦をたたく突然に来て

雨上がり日が強烈に射してくる晩夏透明の屋根続く町

怒るときママには妖魔がいるという娘はいかなる時も明るく

笑いつつ我は恐るる幼子は危うきことに目を輝かす

クレーンに吊るされたまま暮れてゆく街かと車窓に見て帰りゆく

眼の前にいきなりはじけるシャボン玉無音の音は我が裡にあり

この国は平和に満ちて仔牛などグルメの皿に殺されて乗る

家家の間よりいきなり射してくる夕日にふっ切れてゆく意識あり

ひび割れた舗道にエノコログサ伸びて今朝は破滅も破壊も楽し

総持寺駅出でて芙蓉のやわらかな十二三の花輝きを浴ぶ

墓あれば墓にも慣れて墓守りの人らと挨拶交わして帰る

戦没者の墓外周に連なりて墓群れ守るこの五十年

グランドよりしみじみ校舎を眺むれば雲行く空に船のごとしも

生徒吐き出でし校舎を見上ぐれば光りつつ雲移動していく

生徒にも土にも光が沁みわたりたばしる足の回転が見ゆ

ピストルに弾けて走りゴールする胸反らし赤も青も緑も

電柱の上にてしばしせわしなく動きしカラスふいと飛びゆく

悔し泣きしながらピアノを弾く娘いつの間に幼年期越えしか

食べること拒みて抗議する娘関わりなき父をしきりに見ている

立ったままエノコログサを掌に当てる娘よ雑草に親しんでおけ

いにしえも今も変わらず人入れて墓地も団地もゆうぐれてゆく

子を宿す命のように膨らんでススキの原を日が沈みゆく

紅葉を激しき炎と見ゆるとき木は一瞬の命輝く

我もまた無数の枝を伸ばしつつ紅あざやかな木と真向いぬ

紅葉の群れ鮮やかな痛みとも涙あふるるまでに見ている

悲しみの数だけ紅く染まる木々あわれ人生の終末が見ゆ

幾度も魯迅『故郷』を語りゆくそのたび違う授業となりぬ

我が娘ブランコ中空まで伸びて叫ぶは雲と同化するらし

目つむれば花さえ語りかけてくる冬の日だまりうとうとといる

たちまちに鮟鱇五体ばらばらにぶちたたかれつつ捌かれ終わる

大地震ここより起こりしより四年船にて明石大橋くぐる

魚のごと跳ねる娘を抱き上げる束の間しあわせも抱きしめて

大地震終わりてすぐの我が居らぬ空のベッドは家具の下にあり

大地震何もかも揺れ妻と娘を守りて箪笥を押すばかりなり

さっきまで手袋握り帰りしが娘の冷たき手暖めてやる

網走に置き忘れてきた魂の在り処を捜す冬来たるべし

つらかりしもあれど網走思うたびさわやかな風身を吹き抜ける

この空のはるか向こうに横たわる流氷原あり雲渡りゆく

鳥渡り雲行く果てに流氷のはるかに広がる水平線あり

一日も四年も同じ網走に帰るがごと行くかく高揚し

網走川氷上ラッコ昼寝する鷲に狙われているとも知らず

またしても取り残されし帽子岩はるかに流氷遠ざかりゆく

我もまた流氷となり運ばれて網走斜里間海ばかり見る

知床の海夕焼けて轟きのオシンコシンの滝聞いている

網走のシジミはかくも身に沁みて光岡亜衣子母のごとしも

流氷の流れつきたる網走に旅人我もつかの間泊まる

雪かきを未だせざりし早朝は轍となりし車道を歩く

流氷の離れし海より帰るらし首伸ばし飛ぶ白鳥が見ゆ

氷海に立つ断崖よりオジロワシ音もなく海すれすれに飛ぶ

網走の石拾わんと波打ちに来て足濡るる流氷の間に

人見えぬ町すみずみまで吹雪きいて閉じたシャッターの音のみひびく

突風はとんでもなくて小走りに急がぬ我を走らせている

顔を見て声聞くだけで励まされし中川イセに今逢いに行く

九十九歳老婆なれども輝きてほのかに漂う色香がありぬ

ただ一つ波間に浮かぶ氷塊の白く輝きながら溶けゆく

ほどほどを知らぬ我にてはらはらと高安国世見守りたまいき

次々と歌生まるるも感情の過敏となりてゆく部分あり

吹雪の中ピエロのように揺れながら網走市街に歩みを残す

新雪に一足一足置いて行く猫の歩みの一コマが見ゆ

海に出てさまよう運命知るように氷片網走川流れゆく

気負い来し流れも網走河口にて氷片しばしうろうろとする

わが場所のように周りを睨みつつオジロワシいる流氷の上

追い追われ追い詰められ来て網走の岸に積もりし氷塊が見ゆ

言い負けて少し清しき傷付ける言葉避け来し結末なれば

しおしおと帰れば妻にも言い負けて一人座りぬ氷塊のごと

振り返り仰げばクレーンの持ち上げる危うき街より逃れきしかな

さまざまに衣服や言葉まといいる人ほどかれて風となるべし

雨音の中に時折混じりいる雀の叫び遠近にあり

目つむれば眼裏模様雨音の命のひとつひとつを伝う

音もなく巨きな鳥の渡るらし羽毛ひたすら降りつづく朝

降り続く雪の静寂に洗われて悔いもなく過去よみがえり来る

愛憎すら既に心を離れいて過去は無彩の雪景色かな

和やかに話しかけ来る生徒増え卒業まであと二十日となりぬ

自分を追い詰めて行くのも悪くないこの頃少し気が軽くなる

知床の山も積もりて流氷は天の果てまで陰影つづく

桜開きつつある夕べの電話にて網走沖には流氷残る

帯となり川となりして花びらは空へと向かう満天の星

雪解けの冷たき水を飲みて咲く桜花びら星のごと降る

花びらはしきり降りつつ夜の広場桜木銀河のごとくに浮かぶ

山桜しきり散りつつ雷の光るとき時止まる花びら

黎明の意識かすかに聞こえくる桜の花びら叩く雨音

次々に桜の枝より放たれて花びら集まるひとところあり

どうしてもはみ出てしまうかなしみを詠えよしばし流氷となり

花と風目立たぬ校舎の裏手にて密かに佇つ我がけものみちあり

麦笛にするためナミ子姉ちゃんより貰いし一つの麦の茎欲し

すれ違う人あるいはと振り返り一人の人を捜しつつ過ぐ

オツベルを少しも悪く言えなくて教師の立場におろおろとする

国語では時々一番つまらない答えがマルとなることがあり

どこにでも携帯電話というゲーム孤独がなくなる訳ではないのに

木となりて木の葉となりて潜みしがたちまち烏群れて移動す

地平まで歪つに凍る氷塊のこのまま無念のまま果てるのか

人肌のように曲面輝かせ氷塊の上を雪は積みゆく

さなぎより出てくる蝶の羽根のごと手足を伸ばし娘は眠りおり

恐いから殺してという娘を叱るたまには小さな心も伝う

諍いと思えばテレビの声音にて家族は家は肉声もなし

筆不精とは明らかに違うもの無視という気を感じておりぬ

紫陽花は揺れつつ笑顔満ちあふれ傘の奏でる雨聞きており

紫陽花の雨に打たれて帰りしがギターつま弾く夕べとなりぬ

可愛さと煩わしさとが入り混じり娘は首絞めるように抱きつく

人のあら捜しばかりに浮かれいる哀れな自分に気づくことあり

氷塊はためらいにつつ海面に真っ赤に浮かぶ日が沈むまで

花壇に咲く花よりもなお美しく咲く雑草と呼ばれる花あり

白樺の林は鹿の足のごと跳ねつつ青き空渡りゆく

雲海の上澄みわたる空ありて死の向こうには苦しみもなし

やかましく死は死は死はと蝉の鳴くそう死に急ぐこともないのに

蛹より伸び立つ蝶の羽根のごと朝顔徐々に花開きゆく

余情など求めぬ気風育ちゆく日本よしばし蝉時雨聴け

溺れつつ泳ぐ娘よ生と死のはざまを少し覚えいるらし

人死ねば焼かれて灰になるという娘の話の聞き手となりぬ

死後歩む光の道に蛍いて獣の匂い漂わせ待つ

横たわる外なく魚は並べられ死に際動けば新鮮という

店頭に動く蟹あり人集い笑うも醜き傲りかと聞く

魚市場死臭漂う空間にまだ生きている魚もありぬ

小さな船大きく揺れて赤き網手繰るせわしく動く腕見ゆ

滅ぶべきノストラダムスの七月も過ぎて高校野球となりぬ

くつろぎの家かとごろごろする我に妻いらいらと足踏み強し

よく見れば分かる程度に震災の跡残りいる神戸となりぬ

アマゾンのセクロピアの木だけに棲むナマケモノ月見上げて眠る

パソコンと呼ばれる頭脳持ち歩く若者鼻に輝くピアス

宇宙より金の粉降り注ぐ朝水鳥騒ぎつつ海を飛ぶ

伸び縮みする時間あり竹刀もてためらわず虚を一気にたたけ

目に見えぬ悪鬼を竹刀撓わせて叩けり剣道着の少年が

羽のごと竹刀の先を震わせて小手浮き上がる瞬時を狙う

息を呑む群衆のなか面を打つ少女が海豚のごとくに跳ねる

大陸のような形の氷塊が微かな風に移動して行く

花を摘むなんて優しき感情と思えず生きき生き難かりき

どうしても好きにはなれぬ花を摘み人のためだけ飾る営み

ゴキブリが裏返しとなり物となり我にも殺す悦びがある

人の肉に混じりて肉の匂いする精肉売り場そそくさと過ぐ

肉刻み量り売りして人間の危うき平和の一コマが見ゆ

つくづく惜ーしつくづく惜ーしつくづく惜ーし悔い多し悔い多し悔い多ーし

鬱解けぬままに彷徨い来し広場人混み人はゴミのごとしも

苦しくもどど降る雨に鳴き止みて蝉何思いつつ弱りゆく

名も知らぬ草に束の間しがみつき雨宝玉となりて輝く

雨に濡れ雨を喜ぶ少年にしばし戻りて家路を急ぐ

妻はただ普通であって欲しいというそれが一番難しいのに

花びらの落ちし枝より桜の葉枯れて波立ちながら落ちゆく

雲走る空の下にて台風を待ちつつ並木の緊張が見ゆ

擦れ違う夜の電車は昇降機彼方へ上下するように見ゆ

右目より出でて電車はするすると夜の隙間へと吸い込まれゆく

いにしえ人愛でいし花か我が前に今の命の萩咲きにけり

かごめかごめ幼子集う萩の花次々開けば踊りとなりぬ

文化祭するたびゴミが増えてゆく人の傲りを文化というか

日向より陰へと人は移動するそのうち日陰がすべてとなりぬ

愛想の悪き小さな古書店の主も夏も逝きてしまえり

蟋蟀は足一本のみ遺されて昨夜は己れの弔いの声

夜を込めて鳴きいし彼を食べたのか太った雌の蟋蟀がいる

コロちゃんと娘の名付けし蟋蟀が今鳴いている親子して聴く

追いかけて来て階段を踏み外す夢といえども脊骨に響く

人混みに紛れて死んだ筈の人ふと擦れ違う一瞬がある

流氷のように漂う此の世かと次々視界の変わるさびしさ

流氷のことを思えば流氷となりて彷徨う分身がある

確実に死に近づいていく時間を競いてリレーの攻防続く

朝食にさえも無数の死が皿に載せられていし我が腹にあり

地下鉄は長い洞窟真っ暗な真昼をひそと通り抜け行く

死後もまた生きて行くべく書棚には三浦綾子の分身が見ゆ

生も死も貫く何か見えてきて人は思いによりて繋がる

雲丹の肉たわわに垂れているような金木犀の花匂いくる

真夜中は障子に葉影映しいて金木犀わが家族のごと

マスゲーム美しされど背後にてアドルフヒトラー右手を挙げる

青々と地球優しく映りしを娘がリモコンで一瞬に消す

かくまでに尖りし心も少しずつ金木犀の香にほぐれゆく

地球という一個の原子が一瞬にして幻となりて消えゆく

ぐず・のろま・おっちょこちょいが歌作る思いの丈は誰にも負けぬ

傷つけぬ言葉を選びするうちに声の勢いだけで負けゆく

季過ぎてわずかに残る萩の花冷たき風にひときわなびく

排泄器性器と変わる戸惑いも少なくなりて老い始まりぬ

潮干きし網走川に死にかけて口のみ動く鮭浮かぶ見ゆ

食べられていく瞬間に生き物は力をほどき死に向かうらし

遠離り次々消ゆる車見ゆ生の証しは我が視界のみ

死の順のように並んで彼方まで真っ赤に尾灯連なりて行く

さまざまな歴史重なる本統の自分を捜しに古書店に寄る

順番に常にどこかで罪犯す人あり決める神もあるらし

一人くらい違う意見もあっていい言えば忽ち生きづらくなる

クレーンより細き糸垂れゆっくりとビル新しく生まれゆくらし

人のため殺されてゆく生き物の形に冬の雲渡り行く

一人の死知るより知らぬ側に行きその軽やかな笑いに浸る

菊の花机上に置かれし亡き生徒の椅子引きて最初の授業を進む

まだ来ぬと冬の電車を待つ人ら己れの死までの距離も縮まる

光さえ呑み込む冬の夜の海に裡よりほどけつつ我がいる

氷塊の横たうのみの青白き生も死もなき明るさにいる

ちょっとしたズレにて罪や死に至る人らもまとい震災忌過ぐ

死者は立つことさえ出来ぬと歩みつつ微かな生きる喜びにいる

笑い声さえも頭蓋に響ききて楽しめず鬱々として過ぐ

パソコンの中より分類されて出る人を何だと思ってやがる

風吹けど揺らぐことなき電柱の葉の散り終えし銀杏と並ぶ

車の音電車の音など地を擦りて己が眠りも微かに揺れる

小便の勢い見つつ音を聞く喜怒哀楽の薄れる時あり

葉にしがみつきてくるくる回りいる水滴地球のごとき輝き

弾けては空に舞いつつ一瞬の水滴そこは宇宙のごとし

大滝のごとくに霧の溢れ来る屈斜路湖面みずいろやさし

たちまちに山追い越して走り来る霧の叫びのただ中にあり

冬日差し暖かければ明るくて死など忘れた人々に満つ

病葉に霙そぼ降る窓見えてモーツァルトの横顔かなし

神々の山横たわる知床を望みて氷塊盛り上がり見ゆ

石を積む賽の河原のごとくにて氷塊天の果てまで続く

夕暮れの空へと伸びてゆくポプラ紫立ちたる雪原に立つ

神宿る森を見つけしアイヌびと我が血をたどる手を合わすたび

神在りしこの国仏キリストも混じりて迷いのただ中にいる

我が夢の中の一人が網走にいて流氷の海を見ている

死体より骨となるまで呆気なく儀式に人はたそがれてゆく

飛行機で飛ぶたび気づく日常のなべては雲の下の出来事

トナカイの群れと北方民族と渡りし白き海広がりぬ

我が前に一筋足跡戸毎訪う新聞配達少年の跡

流氷と海の境に海鳥の群れてしばしの雄叫び放つ

なつかしきリズムと言葉網走の「〜するべさ」人混みさえも嬉しき

我が前に流氷の女座りいて苦しき過去などどこにもあらず

真っ赤な日沈み切るまで氷塊の上にて我も氷塊となる

氷塊と氷塊せめぎ合う隙の海のかすかなため息聞こゆ

氷原に小池のような黒い海蓮葉氷の数片が浮く

山脈のごとくにうねり盛り上がり氷塊の上に氷塊は立つ

着陸するたび助かったと思いつつ地上の煩瑣の中に入りゆく

意に反し素直に対応せぬ生徒寂し嬉しと思うことあり

春の土手輝く緑敷き詰めて踏めば小さな草立ち上がる