秋夜思二十二号

我々は壊れるようにプログラムされてるらしい子を残しつつ

引き出しにぎっしり詰めて使われぬ瓦落多我の裏返し見ゆ

お祭りのごとくに蟻の群らがれるオリンピックを聴きながら見ゆ

民族という曖昧なもの背負いオリンピックの競技たけなわ

国の威信名誉に懸けて戦うは美し危うきもの孕みつつ

シドニーのオリンピックと先祖達キャプテンクックは英雄なのか

民族の誇りと力フリーマン最新衣装まといて走る

父母の父母重ね三十代延べ十億の血脈あわれ

アボリジニーの血を濃厚に伝えいるフリーマン夕日を見て走る

極めればエゴをまといし我ならん眠れぬ夜を木のごとくいる

自殺者の系譜に連なる心より囚われ横たう我が意識あり

死ぬほうがいっそ楽だと思うほど胸ふさぎくる霧湧き続く

何だろう裏側に棲む我ならん目をつぶること此の頃多し

気まぐれに指に潰しし蟻のごと不運も時に唐突に来る

駄目亭主妻の思いは如何ならんうっかりぼんやりあまりに多く

一瞬にして事故起こる一瞬にドラマのごとく人転びゆく

煙草のけむりなぜに吸わねばならぬのか楽しめぬまま早々に去る

気を張れば張るほどドジをしてしまう娘と我と苛立つ妻あり

すやすやと眠る娘の口動くいかなる夢が巣喰い居るのか

肩書に物言い肩書が返す人間不在の会話がありぬ

グラウンド小さな地球傾けて走れば青い空まで動く

ゴール前順位際どく入れ替わる走者に合わせば観客走る

打ち上げ花火を打ち明け花火と娘は歌う秘密めきたる大人へ向かう

ここまでに生きてこられたのは不思議奇跡に近いと思うことあり

少し喉潤すために地下資源使い捨てつつ人太りゆく

二十年練り続けし公案がある老師亡き今歌として湧く

雲海のごとくに広がる氷原が目交いにあり所詮まぼろし

氷原がグーガーギーゴー鳴り響く神の調べのただ中に在り

果てしなく続く氷塊空の青攻めぎて地平せり上がり見ゆ

窓ガラス障子隔てて雀聴く夜明け眼裏明るみつづく

秋山の樹の下がくり逝く水の潜み流るる我が意識あり

暇と金力となくて維持される心しみじみあると思えり

ホトトギス咲く坂道を下りしが夕べは直に闇となりゆく

星雲のごとくに群れて咲く紫苑生きるは束の間輝きて伸ぶ

兎棲みしかつての森もフジバカマ庭に咲くのみ家並み続く

撫子のかすかに揺れる秋の風彼岸此岸を突き抜けて吹く

かなかなの遠く聞こえる山小土手萩の花点描のごと咲く

よく見れば花のテーブル女郎花午後の光を集めて揺れる

捨てられて取り残されて葛の花開く荒れ地の広がりてゆく

夭折の髪輝かすススキ原程なく闇へ吸い込まれゆく

鉄柵に絡まりながら紫の朝顔空へと口開きおり

難波地下出でて風俗ビラ飾る空の電話ボックス並ぶ

剣道具担ぐ若者達が行く朝の難波の鈍色の街

力抜き基本のままに打てばよい剣道審査は禅のごとしも

裂帛の気合とともに伸び伸びと小手面決まる竹刀響動めき

どうしても相手を意識してしまう心の乱れに基本を外す

稽古積み重ねてもなお勝ち負けにこだわり基本を外す者あり

牙をむき相手に興奮して終わるたった二分程のあいだに

耳も目も澄ませて待てばためらわず打つべき間合い一足に跳べ

ためらいを捨てて打つべき幾つかの瞬時を海豚となりて跳ぶべし

剣道の審査といえど自ずから生きる基本の一つを教ゆ

打突の機あるのに間近では見えぬ面白さがあり人の世もまた

雷の後雲覆う空にして黄の夕焼けのまぶしさあわれ

JR駅幾つ過ぎ十月は夕焼け夕闇闇早くなる

眼裏の白き模様の流氷を見つつ眠りの中に入りゆく

二ツ岩の裏まで歩ける干潮の砂につかの間足跡残る

何ゆえに冷たき心にあらざるにかく流氷を恋い慕い来し

白鳥の群れて鋭く鳴きて飛ぶ直後の空の静けさあわれ

白鳥の声なまなまし臨終に叫ぶ我らの響きかと聞く

氷原は地球の始め思わせて果てまで白い大陸続く

振り向けば後ろはや無し白き道彼方まで我が足跡続く

我が前に次々開く白き道ためらいもなく歩みゆくべし

オジロワシ滑空しながら目交いは大氷原地の果てまで白し

振り向けば過去既に無し我が前を白々続く道渡るのみ

我のみの歩む道あり氷原の果てへ一筋足跡続く

カーテンをしてひっそりとパズルする校長独りを埋めてゆくらし

誉めて人高き調子に走りゆく小出監督愛満つるのみ

おおかたは夢は幻束の間のオリンピックも過ぎ去りてゆく

気が付けばもう曼珠沙華立ち枯れて彼岸の遠く秋深みゆく

尾白鷲高く昇りてふわり飛ぶ風あり能取灯台の上

啄木にあらねど我は晩年の土岐善麿より言葉たまいき

生前は惨ざんだったと啄木を想えばしばし安らぎている

これという心もなくて過ぎてゆく曼珠沙華はや枯れて花なし

自転車のくせにとバイクのよこしまな視点を持って乗ってしまえり

渋滞の車を束ね越してゆくバイクの悪の快感にいる

キャスターの笑いの中にどうしても笑えぬ世間のよこしまが見ゆ

蛍光灯見て目をつむれば紫の輪がイトミミズのようにうごめく

森林の写りし壁のひび割れて震災はもの暴きゆくらし

我が裡の神現れて対話するアイヌとなりぬ眼つむれば

波よ跳べ砕けて海に還るまで夕日は光あまねく照らす

日輪のあまねく照らす海の上伸び上がり波数秒止まる

黎明の突如炊飯器が噴火始めて今日の画面が浮かぶ

誰一人踏まぬ雪原日の沈む彼方まで行く我が一人のみ

ひたすらに歩む人らの背中見ゆやがて彼方へ消えてなくなる

天と地のけじめもなかりし氷原に雲間より射す一筋が見ゆ

缶ジュースペットボトルと地下資源飲んでは捨てるため作られる

夕焼けと風と沁みいるこの街も器械と話す人ばかりいる

無視に無視返せば向こうと同じことなど思いつつ心を伝う

オリンピック開催地名で思い出を語る妻あり少女を知らず

教職員綱紀粛正読み上げる校長に目を誰も合わさず

反抗やいい生意気も教えいるその標的に時にされつつ

目つむれば海岸町より二ツ岩歩いてしばし磯の香のする

氷原が浮かべば何ゆえ彼方まで歩む一人の後姿(うしろで)が見ゆ

壁紙のように瞼に氷原が浮かびて夕日に染められてゆく

すすき原光りて揺れる帰りにて我が髪照らし月従(つ)いて来る

踏切が開けば一気にぞろぞろと渡る人群れ死に急ぐがに

すすき野に生まれて風は夕方の片足垂れたブランコに吹く

十月の終わりの雨か冷たくてやさしく細くひたひたと降る

美しき地球に下りて命受くつかの間日暮れとなりゆくあわれ

我が命かく果てなんと霧の群れたちまち閉ざしものなべて消ゆ

寂しくも一人で死んでゆく君ら皆と同じでない生き方を

死者の血の数だけ燃ゆる紅葉山いよいよ赤く我が前に見ゆ

うらうらに照れる秋陽に消えてゆく命の染まる紅葉山行く

地の果ては血の果て命果てし後ふうわり漂う我が心あり

犯人の異常な性格伝えいる口調ありあり目を輝かす

風立ちぬいざ生きめやもすすきの穂輝きながら野を走りゆく

けじめなき秋の曇りの続き雨金木犀の花が見ている

採点に心狂わせ虫の音も聞かずに眠りの中に入りゆく

力抜き深々すわる秋の夜はちあきなおみの声沁みてくる

満月が黄泉の入口明るさは死が人間に教えてくれる

くっきりと心のまなこ開けて見るすすき野風に氷原となる

大鷲のように烏が悠々と滑空して秋沁みてゆくらし