小秋思二十三号

建物の在った所に駐車場あっけらかんと日を浴びている

見える筈なき風景が生き生きとビル壊された木枠にはまる

詞書き必ず添えて発送す大事にしたいものがあるから

物言わぬ噂もありて一歩ずつ小高き丘の所まで行く

気まぐれな女ごころをもて遊び娘は抱き締められて収まる

ここに生きているということ真夜中はサナギとなりてただ思うのみ

金木犀匂う裏道ランドセル少女の声の束の間はずむ

何恋いて鳩鳴くひびき黎明の夢にて我の声ともなりぬ

妻子連れ木下大サーカスに行く家族の長たるところも見せて

美女入りて布を外せばライオンの一吠え高きサーカス開く

幾千の人間の顔見回して一吠え放ちライオンは去る

ライオンと虎と揃えばたちまちに獣の匂い満ちみちてくる

曲芸を危なっかしくするピエロ予定通りの失敗をする

失敗を期待して見る観衆のどよめき何かをふっ切らんがため

見世物となりし動物達の見る人は不気味に目を輝かす

幕合いをトランペットの響きいる今星空となりしテントに

暴かれた時計を速め次々と空中ブランコより人が飛ぶ

見上げれば空中ブランコ揺れゆれて次々魚のごと人が飛ぶ

軽々と逆立ち頭の上でする日常ならねば何ゆえ楽し

唐突にキリンや象が出でて来て人に愛想笑いしている

他に行く世界もなくてサーカスの動物泣けど笑いを誘う

人間の夢の世界に動物は当てはめられて従うばかり

人間の拍手は森の何ならんライオン火の輪くぐりて走る

高きへとタタタタタタと昇り立ちたちまち紐を人滑りゆく

鳥のごと魚のごと人軽々とテントの広い空間を舞う

現実を忘れて高き技に酔う人の進歩の一つのかたち

夢を見ているのだろうか薄暗き中に浮かびて人空を飛ぶ

ライオンが象がピエロが群衆の拍手と視線を浴びて去りゆく

高きより見れば縫い針縫うように特急が街に光りつつ入る

ひとところ輝く群れあり竹林の奏でる風の音も聞こえて

紅葉の一樹そこだけ燃えて見ゆ光一筋雲間へつづく

かなしみの形も徐々に変わりゆく桜紅葉はゆうぐれのなか

かなしみも怒りも何も一陣の風に銀杏の葉が群れて落つ

がやがやとモミジ葉集う窪地には水子ら風に誘われて来る

銀杏散る下にて竹刀振る少女声高らかに秋も過ぎゆく

剣道着セーラー服そのあどけなき笑顔に少女思春期も過ぐ

駅前でもらったティッシュと流氷記仲良く右のポケットにある

神の手から捏造犯へとマスコミは面白そうに追い詰めてゆく

羞恥なきゆえ口立ちて矛盾なき群れの中にて独りとなりぬ

夢の中わがもう一つの人生が今日は波乱に満ちて消えゆく

柔順な妻の棲まいし夢の中ゆったり我も優しくなりぬ

我が夢の中に雨音聞こえしがやがて現つの家包みゆく

コスモスの小さな群れあり山小土手揺れつつ空へ輝きかえす

高く伸び細きところに揺れゆれて柿の実残り赤々と照る

水に浮くようにコスモス揺れゆれて少し冷たき風渡り行く

金色にブナ満つる森迷い来て帰れなくなる我が心あり

枯れ色の金に輝くブナの森迷うともなく深々と入る

森は羽広げて我の迷いいる心をつつく闇覆うまで

君連れて逃げるますます加速する夢あり覚めて誰かは知らず

犯人にいきなりされてしまう夢なれども現実めきてかなしき

肉親も友人も我を知らぬ気に通り過ぐ我が死後をのぞけば

北摂の山も紅葉の色まとい雨後鮮やかに山並み迫る

死後迷うごとき糺の森に来て風は紅葉を敷き詰めてゆく

敷き詰めて敷き詰めてなお肌寒き祇王寺涙のごとき紅葉を

真実を言ってしまえば書は書家が歌は歌人が最も遠し

こんなにも虚飾求むる人達の多きか独りで死んでゆくのに

なるようになるなるようにしかならぬ渋滞続く通学路行く

拠り所なき我が憂いにしとど降る十一月ただひねもすの雨

イチイの実濡れて心は鬱鬱と十一月降る雨を見ている

天も地もなべて雨降る霜月の夕べは早く明かりも濡れる

簪で男に手向かう女見ゆ愛の字つめかんむりと気づけば

霜月も過ぎつつ少年少女達かぐわしき歌声ひびきくる

中学生揃いて歌えばこんなにもかぐわしき声伝わりてくる

白熱灯見て目をつむればふらふらと水母漂う宇宙となりぬ

雨しとど舗道は濡れて白々と我が氷原と思いて歩む

洞窟を魚となりて進みゆく曲がるところで寝返りを打つ

目を閉じてその一点へと近づけば銀河漂うクリオネが見ゆ

色も無き闇へと還る八咫烏電線に群れ一筋並ぶ

我が会わぬままの人の死聞く夕べ風の便りは身内を巡る

我が思い少し連なる岸辺より若田恒雄氏旅立ちて逝く

手応えもなきものばかり追う我か烏が黒い袋をつつく

視野に来て次々闇の動きいる烏は心の奥処を写す

海鳥の血にたちまちに群がりて烏は闇を覆いつつ鳴く

誰ひとり踏まぬ薄雪散りながら青く流氷原は暮れゆく

そのままに靄に消えいし氷原が夕暮れ過ぎて薄青く見ゆ

小さな絵ゆえの落選楽しめる山下繁雄の笑顔思おゆ

流氷記親しむ中学生も増え彼らの心に少しだけ入る

若きへと向かう履歴があるならば没年月日書かねばならぬ

流氷記重ねるたびに見えてくる小さきものへと思いをこらす

皆が気がつかずしぶとく咲いている小さな花のほほ笑みが見ゆ

ゆるやかな山の斜面に日を浴びてセンブリ小さな花輝かす

山路来て迷うところにリンドウの紫意志持つごとく輝く

雑草となれば空き地にくっきりとアキノノギクの花びら浮かぶ

岩走る垂水の端に大文字草綺羅星のごときかがやき

空の端かたぶき照らす夕日よりハゼノキ赤く染まりて高し

靴下の片っぽ不明それだけで妻の怒りは頂点になる

置き方が粗雑それから半時間隈無く妻の怒りはつづく

はいはいはいその素直さに腹立つと妻はますます苛立ちてくる

ちょっと言い返せばさらに過去のこと上乗せして妻憤りくる

妻怒る食卓早く退きたくておかわりせぬ味噌汁匂い来る

ボロカスに僕に怒りてその後に妻の電話の笑い声聞く

妻怒る仕組み知らんと耳栓をして表情を覗くことあり

スーパーの今日の割引言うときに僕への怒りは吹っ飛んでいる

割引の買い物僕に頼みいる妻の口調はおだやかになり

お互いに小さく腹を立てながら夫婦は一つ食卓に向く

万葉集教えるときに身内より湧き出でてくる何かがありぬ

眼裏がみるみる明るくなっていく暁流氷原にわがいる

目を閉じて白い流氷原に行くまだ明け初めしかぎろいの立つ

夢の中徐々に解けつつ我が視野は流氷原に吹く風となる

何もかもほどけてしまえば流氷となりて漂う我が心あり

ギーゴーグー鳴く氷原に食べられて我が一陣の風吹きて過ぐ

我が骸氷塊となり網走の流氷原の上に鎮まる

地の果てまで続く氷原くっきりと満月そこに在るように浮く

陰影のくっきり何処までも続く氷原照らす月面が見ゆ

池のごと海現れて氷原は濃き青色の血が通うらし

このままに凍死してゆく危うさも現つの流氷原に呑まるる

流氷原砂漠と同じ人の死もただ美しく月に照るのみ

氷塊の一つとなりて月に照る我が分身が網走にいる

氷原の割れ目より射す月みえてクリオネ熱く明るく踊る

魂のひとつひとつか氷塊の群れが迫りぬ此岸をめざし

何処より流氷原に降りて来て烏の群れあり血の跡残る

知床の山にかぎろい立ちながら氷原は薔薇色の血通う

風沁みて独り真向かう氷原に我がもう一人背を見せて行く

たたなずく流氷原に遊びしが雀の声にて目が覚めてゆく

女満別小男爵芋詰まりいる段ボール箱土のにおいす

ずっしりと重い男爵芋詰まる女満別発心の便り

頼りなく雲行く空か見下ろせばプールに痩せた銀杏が映る

使われぬ十一月のプールには雲をちぎりてさざ波遊ぶ

見下ろせば四角い空が過ぎてゆくプールも白い冬へと向かう

雲覆うひねもす人も自転車も過ぎて我が死ぬ世紀近づく