水の器二十四号

山陰に向かえば青い色の森視野いっぱいに風にざわめく

偏見と中傷好きな人達の心をほどく過程も楽し

網走よりまず出たところ流氷原広がる釧網本線続く

寒くなるたびに恋しくなる白き氷原現つと重なりて見ゆ

鮮やかに霧氷の群れは雪原にくっきり青き影長く引く

雪積みてゆけば枯れ原生き生きと風に吹かれて輝きて見ゆ

千枚田能登の刈田の泥土の鈍き光に呑まれつついる

白き枝輝きながら後方に残り紅葉のゆったりと落つ

鮮やかに白く細かく冬の枝出でて舗道に木の影映る

格安で暖かそうなジャケットを妻は文句をいいながら着る

十人に一人感応してくれる流氷記わが心の波動

耳栓をすれば聞こえるせせらぎよ我が末端まで血液巡る

眼前の海に光の漏れて輝る波は宝石びっしり詰まる

安威川も夕べの光にきらきらと我が裡流るる血も輝きぬ

目交いは銀河あふるる光のみ輝きながら川流れゆく

茫々と空より雪が雪の上降り積むしばし生も死もなし

雪覆いつくす野中に柿の実の細かき枝に点々灯る

薄白き霧氷の森に迷い来て足音続く目が覚めるまで

耳栓をして歯を磨けば骨も歯も大きな岩かどよめき聞こゆ

雲間より漏れ来る光に揺れながらしばしそこだけ竹林笑う

一群らの竹の林が我が青き脳裡に風に吹かれて笑う

真弓の実輝く雨の午後何も思わず座るひとときがある

君返す夕べは闇の早く来てもうナナカマドの赤黒みゆく

人に蓋すれば明るく化けてゆく文明文化に現つを抜かす

夜の海宇宙を渡るごとき船エンジン音のみひびく客室

親も子もしばしほどけて殺気持ち百人一首の札奪い合う

声にして詠むとき歌は千年の彼方より来てしばしとどまる

こんなにも眠りが気持ちいいのなら死も又いいものなのかもしれぬ

製鉄所百年過ぎてあかあかとつれなく洞海湾は輝く

直ぐ下に洞海湾在り枝光の坂を上れば振り返り見ゆ

死の方が圧倒的に長いのに眠り貪り起きれずにいる

昨日今日明日と一日が過ぎてゆくミレニアムなど関わりもなく

横たわり水の器となりながら人間のこの奇妙なかたち

ぺったりと地に横たわり眠りいるやがて桃源郷に入るべく

この今は昔の夢の実現もあるのに何か崩れつつあり

老眼のせいといえども輝きてぼやけて妻のカチューシャが見ゆ

レール擦る音して二両編成の筑豊電鉄三ヶ森過ぐ

永犬丸三ヶ森経て通谷獣は犬猫人歩くのみ

開発とグルメと廿一世紀人の我田引水ばかり

生き物の人こそ不思議奇妙にて地球に引っ掻き傷のみ作る

思い詰め聞こえなくなる現つあり雀や烏の町というべし

目交いと眼裏見つつ生きてゆく宇宙の紛れもない一角に

我が闇と生徒の闇と繋がりて大津皇子のかなしみうたう

冷蔵庫うなりつつ空飛んでいる家族三人眠りただ中

川と海の間の濃さにて我が裡をくまなく巡り水流れゆく

世の中で布団の中ほど心地よいものがあろうかしみじみといる

透明になりて真夜中我が体細かき粒か星のごと浮く

どうせなら歩みはのろい方がいい没り日に向かい川流れゆく

雷に光りつつ雨たちまちに怒涛の海に吸い込まれゆく

百伝ういわれもなき悪評を聞く死んでもいいほど夕焼け沁みる

知床を昇るかぎろい我が裡にクリオネ踊り温かくなる

あでやかに紅葉せし木も細き枝あらわに空に揉まれつつ立つ

カッとなりむしゃくしゃとする感情を持て余しはや日暮れとなりぬ

没りつ日は赤きトンネル光りつつ蛇のごとくに川流れゆく

いつか見しごとくに山下繁雄描く闘鶏空の彼方まで吼ゆ

膀胱といえども泉湧くような黎明のわが水脈(みお)浮かびくる

大漁だ御馳走だと神悦びぬ人の死もかくあらねばならぬ

人情味あふれる食肉牛のごと食べられてやる選択肢あり

8の字か日の字か次々変化して増えて人呑み込んで殖えゆく

しんしんと布団に沈む我がからだ真夜膀胱に水たまりゆく

横たわる水の袋か寝返りを打つたび心移動してゆく

俄雨来しかと電車ひびき過ぎ来し方深き淵に墜ちゆく

父母の障り苛立つ些事我も持ちしか怒りの中に鎮まる

華やかに細かき造作現れて冬の桜木肌輝かす

暗けれど明かりを消せば生き生きと命の通う柱見えくる

天井の板の模様が氷海となりて見下ろしオジロワシ飛ぶ

一面の海たちまちに消え果てて潮の香もなき氷原にいる

白一面目慣れて見れば同じものなき氷塊の果てまで続く

アザラシのように打ち捨てられてゆけ流氷原に鳥群がりぬ

もう幾度魯迅の故郷を教えいる閏土揚おばさん達の中

諍いのあと言い過ぎた部分だけ優しく妻としばらくをいる

鷲のごと流氷原の上をゆく彼方で空とつながっている

じゅくじゅくに熟れて桃の実食べられるためかぐわしき匂いを放つ

このままに溶けて無くなってもいいと死へと繋がる一瞬もある

見る限り白き氷原ものなべて彼方の空へ吸い込まれゆく

瞬きの間にまに消えてゆく命流氷原に雪降りしきる

君と結ばれていたらも洞窟の一つ眠りの巣に戻りゆく

氷海の上の独りか誰も誰も世間の掟に従いてゆく

独裁者こそが平和を叫びいるこの世の習いの如何ともなし

自分に合うように周りをフォーマットしてゆく人らの世間しがらみ

横たわる我が肉体を黎明の脳が健康チェックしている

目つむりていても眼下は氷海の果てまでうねりながら広がる

失敗も無駄も過程の一つにて今日のドラマの終わらんとする

歌壇的出世などわが願わねど少し悔しく思うことあり

流氷が今日は離岸(はな)れて彷徨うと聞きて心も虚ろとなりぬ

我が視野は珍しくもない現実の有職故実の風景である

氷海につながる空か薄く濃く風に押されて雲流れゆく

烏鳴き響きやまざる夕暮れにどこへともなくわが心行く