二ツ岩二十五号

湧き出でてくる歌綴る手帳だけ持ちて流氷来る海へ行く

網走へ戻ると思えど大阪の空も古里なのかもしれぬ

富田より茨木吹田と鉄路よりやがて空浮く不思議に向かう

箱の中運ばれやがて棺の中入るべく人は何急ぎゆく

新大阪出でてまぶしき淀川の川面に光の粒はじけおり

乗り急ぐ人らひしめき電車去る後の空虚のしみじみ優し

電車より束の間見えて安治川のどってり重き水横たわる

地上より離れられない列車にて告ぐる鳳駅名哀し

ゆっくりとためらいにつつ走りいて飛行機一気に離陸してゆく

機首上にして飛行機は一気に昇る天まで上る

直ぐ下に海がぺったり単調な波の模様をきらめかせ見ゆ

雲の上飛んでいるのかいないのか明るく青く空も輝く

光り浴ぶ空と雲あり飛行機は雪の大地にやがて降りゆく

青み帯び低く垂れ込む暗雲に落葉木々の茶明るく浮かぶ

暗く濃き海に群がる鳥たちの叫びの中に我が立ちつくす

断崖の舳に立つ能取岬へと海鳥叫ぶ聲響き合う

重き雲垂れ込めて海抑えいる鳥の叫びの響きがつづく

流氷の傍に海鵜の叫び鳴く海の真青の輝き撥ねる

網走二中跡には住宅出来ているグランドに大駐車場在り

海岸町出でて向かいは二ツ岩見えてこれより我が道歩く

歩み止めしばらく二ツ岩を見る海鳥叫ぶ声のみ聞こゆ

累々と同じ景色のようでいて全てが違う二ツ岩まで

一つだけ取り残された氷塊が浅瀬に骸のごとく横たう

薄氷の下は浅瀬か氷塊のごつごつしたのが転がっている

薄氷を一筋海の所まで川のごと鳥通り道あり

立ち止まらず歩いてゆこう二ツ岩一つの岩となる所まで

雪踏めば白く明るき氷点の陽子歩きし道だと思う

大仰にわが歩みゆく音のして右手の海はなお凍りゆく

踏みてなお体重が乗る足裏に軋む音して鎮まりてゆく

ムギュギュッギュ痛くはないか真っ白な新雪にわが足跡残す

海霧の向こうにかすかに二ツ岩見えて優しき心となりぬ

かぎろいの少し明るく浮かびいる雲の照らしている海が見ゆ

早朝の雪かき車の跡平坦な細道窪みを付けながら行く

四時過ぎてヘッドライトを灯すこと思い出しつつ網走を行く

雪の道止まれば静寂がいっせいに我が両耳に飛び込んで来る

人の顔が見ているような二ツ岩彼方に白い流氷帯あり

流氷と流氷出逢いやがて去る海の真青の鎮もりかなし

二ツ岩夕方過ぎてアザラシの雄叫び水族館よりひびく

オホーツク水族館より漏れてくる叫びが流氷原をこだます

氷塊が鯨の骸のごとくにて一つだけ夕日を浴びている

残された氷塊一つと帽子岩並んで午後の薄ら日を浴ぶ

一夜にて雪積む道となりている玄関出でて雪原に入る

内蔵の中まで凍る凍りつつ禊ぞ我は氷塊の上

雪原に体ごと入り歩みゆく氷塊海へと積むところまで

少しずつ断崖削られてゆくか流氷の群彼方に迫る

汚水口群がるカモメ汚れいてしきりに何かつつきては食ぶ

シャッター音響く真中にオジロワシ氷塊離れ悠々と飛ぶ

断崖のような氷塊連なりて目交いはただ結氷の海

よく見れば鳥の足跡氷原に一筋続く我が心かも

氷塊の上にしばらく座りいる我がため流氷原も輝く

氷塊は一部屋ほどの大きさにぎっしり岸に積まれて並ぶ

三米崖びっしりと連なりて氷塊広き氷海を向く

気が付けば潮の香はなし流氷の淡き匂いの中に立ちいる

断崖を下りてしまえば上がれなくなり氷原ははるかに続く

氷原は見渡す限り一枚の氷となりて目交いにあり

目交いに遥か広がる氷原の真白き心持ちて見ている

わが心走りてゆかな帽子岩目がけて夕日薔薇色に照る

氷塊の上にてそこより開きいる果てなき大氷原を見ている

我が前に海一枚の氷原が真白く果てへと横たわり見ゆ

真っ白な雪道なのに鮮やかにカラスの食べ散らかした跡あり

金網に黒ポリ袋入れられて地吹雪すさび身を寄せている

魚加工処理して下水出でてくる汚水にカモメ浸りてつつく

生臭き匂いをつけて低く飛ぶ汚れたカモメに睨まれて過ぐ

イセの部分アイ子の部分持ちながら流氷残る網走にいる

我もまたドラマのごとき半生か氷塊崖より海を見ている

誰も眠る網走の町歩みいる雪明かりの雪踏む音のして

目を凝らし見れば流氷原の夜かすかに赤き空の端あり

天も地も我も全ては網走の流氷原に吹く風となる

氷盤に乗ればずぶりと海水が膝まで食べて上がれば凍る

海産物加工処理場屋根動くカモメの群れが胸に迫り来

屋根の端隈無く並ぶ数百のカモメに見られつつ歩み過ぐ

何狙いいるのかカモメふわり飛び立つらし夕べ印画紙の中

剥製のように動かぬワシカモメ獲物の我を見下ろして立つ

蝋人形のような光沢ワシカモメ生々しき魚咥えて歩く

生々とカモメの顔が迫り来て我が食べられてしまう夢あり

底曳きが海の資源を取り尽しロシアより買う蟹が売られる

声高に海の演歌が流れいる海産物屋に蟹人を待つ

オジロワシオオワシ今年は見ないまま三日幾度も二ツ岩過ぐ

海岸町排水口の辺りにてオジロワシ一羽氷塊の上

人為的変化に崖もオジロワシ棲みし木々とぞ雪払い立つ

排水口群れつつやがて死に至る鳥あり甘き毒も流れる

石油もて漁網洗いて毒撒きし海に流氷群が来ている

流氷が無言の叫び寄せて来る地平の真白を見ている岬

ただ一つ汚き大きな氷塊が気高くしばし夕日を浴びる

雪の結晶が次々落ちてくる網走歩む冷えしるき朝

真上より黒く落ち来て真っ白に光を返し雪しきり降る

我が裡の彼岸此岸を突き抜けて流氷群がそこに来ている

ジェット機より速く地球は回りいる次々命振り落としつつ

飛行機の直ぐ下雲の続きいる歩いてゆける氷原のごと

いつにても能取岬に来ているか雲海白く我が前にあり

果てしなく続く雲海渡りゆく我がもう一人の後ろ姿(で)が見ゆ

氷原の上に積む雪目の当たり見る雲海にことごとく似る

炊飯器の音して我は黎明の脳裡に大氷原を見ている

異国語のごとくに妻の怒り聞くうなずきながら謝りながら

やがて死へ墜ちてゆくのか少しずつ移動してゆく人も車も

文面の向こうに見える偏見を糺して便りしたためており

この生も夢幻に過ぎぬこと目を閉じ思いみること多し

流氷記一枚一枚折りくれし上埜さん待つ夕べを急ぐ

流氷記仕上げつつ発送もする待つ人あれば心はやりぬ

紙に照る日差し七色きらきらと輝き心やわらぎており

窓ガラスゆっくり次々移りゆく雲あり会議滞りゆく

臍曲がりひねくれ我を温かく見守りくれし生徒達あり

雲の底赤く燃えつつ移動して昨日の春一番へと向かう

我が生きて来し氷塊が海の上溶けてゆくまで彷徨い続く

傷つけばたちまちカラス群れてくる烏合の衆の中急ぎゆく

君たちに伝えたいこと残虐な烏合の衆でいてほしくない

言い易き所をとことん責めてゆく人見下ろして鳴く烏あり

犯人という肩書で死んでゆく無実の人あり過去も未来も

紫の小さな花あり山小土手卒業式あり緑輝く

緑敷き詰めて小さな花も咲く踏めども立ちて草輝きぬ

華やかな式を逃れて山土手目立たぬ小さな花を見ている

烏親しげにつつきてひっそりと我が髑髏(しゃれこうべ)が竹やぶにあり

雲に足取られて竦(すく)み進みえぬ終日(ひねもす)不安のままに過ぎたり

しめやかに読経は歌か意味不明死の現実がはぐらかされる

太陽と星と砂漠を浴びながら干涸らびてゆく我が骸あり

流氷の上に横たう我が骸ひたすら独り烏がつつく

死者送る自ずからなる黒服の親族烏のごとくに集う

通夜のあと人は集いてがやがやと寿司動物の死をつつき合う

日は赤きトンネルとなり地に憩うめざして川はするすると入る

天や地に死者は還りて夕方はますます赤く日が沈みゆく