蜥蜴野二十六号
夫婦共すこぶる腹を立てているいないと不安にすぐなるくせに
往生際カレイ一跳び裏返りこの夕食のために売られる
生きたまま路上の籠にさらされて明石の蛸ありのたうちまわる
流氷記出でしあとただ虚しくて骸のごとく夜を独りいる
布団もて抑えてゆかな次々に体を離れてゆく意識あり
崩れゆく弱き現身持ちながらいよいよ覚めてゆく意識あり
疲レテハイナイカ我を気遣いて死の一カ月前の筆跡
ついに死のリズムに共鳴してしまう命が今日は骨のみになる
冗談か人違いかと思いしも人群れて死が現実となる
美しき人形となり横たわる築田光雄の見る夢は何
仏像も墓もいらない桜花地にゆっくりと震えつつ落つ
発情季猫の叫びか人もまた陰々性の営みがある
流氷の果てまで続く白き道歩みてゆかな迷うことなく
鳥のごと上昇してゆく我が眠り胎児の形に屈まれば入る
春の土手小さな花の咲き競い髑髏さえ笑いて見える
今頃はもう一首評来てるはず築田光雄よ独特の字で
夢と死と同じか闇の空間をひたすら昇る透きとおりつつ
冷蔵庫炊飯器の音聞いている黎明明るみかけた脳裡に
胡瓜草カラスノ豌豆踊子草タンポポナズナよく見れば野は
人を責めぬ人良き人が責められる習いかかくも夕焼け沁みる
いざとなれば庇いてくるると思いしが蜥蜴の尻尾となりて我がいる
この人の為にとかつて思いしを悔しと思えばかなしかりけり
逆境や不遇も詠えばしたたかでまんざらでもない我が顔がある
使い捨て蜥蜴の尻尾と笑いつつ我が臍曲がりが誇らしげに言う
小三の娘の寝言に複雑な子供の人間関係が見ゆ
寂しくて嬉しくて娘はやわらかな命の重み身を寄せてくる
したたかに小花の競う春の野に頬寄せ蜥蜴の目となりて寝る
かくまでに蜥蜴の尻尾と思いしもそう悪くない気となる不思議
道の傍ナズナの花の凛と咲くしゃがんで芭蕉と我と見ている
枝隠すために桜葉出でてくる地に木は踊りつつ生きている
ためらいもなく反抗の言葉出す娘と連帯して妻といる
寄り道もせずに帰りて妻と娘と春夏秋冬繰り返し過ぐ
久々に男女の夜となりて寄る娘を外泊させて二人は
雨の中阪急電車響きゆく黎明左耳より右へ
山道の匂いかぎつつよろこびはフキ葉の陰に蕗の花見ゆ
いつの間に花散り朝はほのぼのと明るむまでの識閾永し
天平の森に迷えば木漏れ日の紫華鬘ひっそりと咲く
街中に白くノイバラ生のままの野より咲き継ぎ来しと思えり
枯れ色の芦原なれど下草も見えてまぶしき輝きを浴ぶ
春の山よく見るためか薄霞分けて芽吹きの木木踊り立つ
振り向けば山やわらかき春いろの色とりどりの点描が見ゆ
一面の枯れ芦原は緑葉も混じりて風にきらめき揺れる
山覆う芽吹きと花の点描が光と風の調べに揺れる
ぴちぴちと伸びて緑の麦畑風に匂いの旋律渡る
風触れてしばしのしじま花水木空を漂う形に揺れる
踊子草過ぎてタンポポいつの間に綿毛の塔と黄花群れあり
管弦楽華やかなれど夭折のモーツァルトはひっそりと死す
軽やかに指揮者の指が弾みいてチャイコフスキーのイタリアが見ゆ
オーケストラ小さな鼓膜震わせてアンモナイトのごとくに並ぶ
突然の死を幸せな逝き方と言う人もありいずれ消える身
石や岩をぶつかりながら滔々と川は過去より未来へと行く
桜花岸に漂う谷川の岩より水が噴き出でて落つ
地に沈む骸のごときわが体突き抜けて咲く赤き花あり
滂沱たり桜花びら散りつづく眠りていても眼裏は風
地に沈みかかった穴を死者たちは真っ赤になりて彼岸へと行く
沈み切るまでのしばらく死者送る真っ赤な穴に人魅かれゆく
山覆い音立てて霧が走りゆく汚き心洗うみたいに
霧の間に見ゆる森膚サナギより開く緑の羽根輝かす
北摂の山遠近の鮮やかに見えて自然も足引き動く
一枚の氷となりて天に浮く流氷原あり神のみ渡る
溜まり来し汚れた心漉くように流氷原を霧渡りゆく
眠りより覚めて斜めに振られゆく地球の自転に耐え難くいる
山土手の五月温めど葱坊主匂いに緊まる一区画あり
赤紫サヤエンドウの花群れて風の在りかをかすかに揺れる
家出でてまずむきだしの墓石群見つつ難儀な仕事に向かう
蜥蜴野の緑の土手に崩れつつタンポポ綿毛風呼びて立つ
人造の川といえども水溢れ枚方パークに人群れて寄る
短時間の負ならば過激にてもよく空中回転されに人行く
危機危険恐怖も楽しさのひとつ枚方パークにひしめく人ら
思い病む間もなく時は矢のようにツツジニセアカシアも過ぎゆく
たちまちに通夜葬式と塵芥(ごみ)のごと人亡くなればただ消えるのみ
複雑なビルの間に間に日は沈みゆきつつ車窓流されてゆく
絞りたくなるほど雨を含み咲くツツジの白き花の群れあり
膨らみて撓うばかりの真っ白なニセアカシアも花さびれゆく
流氷の下に悠々クリオネら生きるよ網走海岸町行く
一枚の氷となりて広がれる流氷原に我一人いる
神となり渡る魂みしみしと流氷泣きて禊がれてゆく
目つむれば翼を広げ我は飛ぶ流氷原の鎮まるところ
風すさぶ未明の海の叫びにて流氷塊の攻めぎては積む
桜花散るたび我は流氷の漂いつづく海想いおり