麦渡風二十七号

美しさ醜さ常に併せ持つ心を今日は持て余し過ぐ

桜葉に落ちる雨音眼裏に弾けて音符のごとくに遊ぶ

アホやなと親しげに言う生徒達この頃われの廻(めぐ)りに多し

流氷記まだ出えへんのと一首評書きし生徒に目を合わせらる

生徒より大胆奇抜な解答を提示して我が得意顔あり

間違った選択肢の中奇抜なれど本質を突く言葉群あり

紫陽花の葉に次々に落ちてくる雨あり木琴叩くがごとし

会社にも家族にも属せぬ心かなしき中年電車に揺られ

活字にて来る原稿は少しにて流氷記の字の束たまりゆく

わが娘叱られてはすぐ抱き締めてほしいと我にぶら下がり来る

父われを疑似恋人としてしゃべる娘の未来そう遠くない

累々と死体が大地になる定め無くして塵芥に人埋もれゆく

純粋な詩人は乞食と同じ世間に弾き飛ばされてゆく

無駄なもの余分なものを削ぎ落とし幾山河行く流氷のごと

ぐしゃぐしゃに微かに街も写りゆく水溜まりの輪の生まれては消ゆ

汚れやすき心に沁みて五月雨はどくだみの花揺らしつつ降る

山の道ヤマブキ雨に濡れて咲く音聞き分けて歩むつかのま

桜葉を揺らして雨は地に弾く命のかなしみを思いおり

いつの間に街は緑にあふれゆく雨の晴れ間も瞬きの間も

恋愛も不倫も我になお遠くお金も暇もますます遠し

この世から突然われが消えている静かな朝の町歩みおり

際やかに空中浮揚していしが足肉離れして目覚めおり

奥池へ向かう車窓に触れながらエゴノキ白き花落としゆく

エゴノキの小さき白き花群れて落ちしなれども華やぎて見ゆ

好奇心持ち寄りながら奥池に藤桃樋薬丹集う楽しさ

白髪の藤本義一氏に学ぶ言葉を生かす人の技あり

書くという主題よもやま奥池に八自由人話がはずむ

「なぜ」には「から」ことにはことで答えよと言いつつアホな官僚が見ゆ

答え方悪いとバツをつけてゆく我にも大きなバツをつけつつ

こんなこと作者は言ってはおらぬぞとバツの選択肢の中にいる

間近にて見ればシーツも果てしなき氷原海鳥さえも聞こえて

威勢なく落ち込む妻の甲に手を当ててしばらく聞き手となりぬ

顔見ればぶつぶつがみがみ言いくるる妻よ帰ればほどけたいのに

耳栓を外して「何か言うたっけ」言えば二度目は妻恥じらいぬ

怒りつつ車過ぎ行く一台の駐車が事件の鍵となるまで

十年前のことねちねちと責めてくる妻の口見ゆ終わりまで聞く

我が裡に仙石左京原田甲斐その死は無念なれども親し

言い方や書き方一つで変わりゆく事実か夕日沈みつつあり

偏見と差別語祖父の言葉から学ぶ中学生もあるらし

殴る蹴るして次々に突破するゲームが武器のように売られる

笑いの中笑えなくなり北摂の山の緑を窓開けて見る

アカシアも柳も緑生まなまと精の匂いを漂わせくる

白き花放ちて緑生まなまと精の匂いに満つるアカシア

我の言う事実も危うきものにして蜃気楼街目交いにあり

眠るときすべて幻生も死も深き暗渠にさまよいながら

無くなってしまったとはなお思われず死者あり話に挟みなどして

深井戸の底より空を見上げいる何処の入り口夕日が浮かぶ

我が娘ゆえ美しくぴちぴちと小学生の裸体がありぬ

早朝の静寂破りてぐごぐごと手押し車の老人が過ぐ

葉に満つる金木犀を揺らしつつ雀ら大論争やまかしき

大声で声を制する会議なぞ暮れなずみつつ帰り急ぎぬ

ぺちゃくちゃと雀の議論鈍臭い寡黙な奴を我欲りて聞く

答え方よりも心を伝うべし国語の我の授業たけなわ

聳え立つ塔には甘き蟻地獄人次々と堕ちてゆくらし

夕方に人待ちながら姫女苑広がる荒れ地野原に迷う

人を待つときめきありしと夕暮れに止まれば独りわれ一人いる

カラオケの画面は愛の悦びとかなしみ老男老女が歌う

天と地の初めと終わり思わしめ氷塊積みしが累々と見ゆ

人が言う皆が言うからなどという安易が差別いじめとなりぬ

流氷記本音で綴れば教師には渡せなくなりひっそりといる

差別者の側にいないといじめられるそんな図式も確かにありぬ

差別する側よりされる側にある娘の話安堵して聞く

根拠なき噂に虐殺繰り返す事例もごく最近の出来事

向陽ケ丘を想えばオホーツク海よりの風体をめぐる

紫陽花は雨の匂いかたたき降る音にかすかに震えつつ咲く

本統のことを言ったら理想だと笑いて応うしたり顔あり

偉そうにしないと嘗められてしまうそんなかなしい現実が見ゆ

雨の音響けば照応するように紫陽花あちらこちらに開く

初めから結果もありて棒読みを拍手承認する大多数

叩かれていよよ妖しく咲き競うアヤメ綾雨降る水の上

ヤマボウシ四弁の花のくっきりと谷の木陰に浮かびつつ咲く

雨に濡れた葉よりすっくと立ちて咲くシロツメグサあり輝きて見ゆ

あでやかな緑の谷間にしっとりと瑞穂と人の営みつづく

我が祖母は田植え姿の腰曲がり蛙の響きの中に逝きたり

幾つもの蝶のとまりし如くにてアイリス梅雨の晴れ間に開く

抱き締めてやると寝入りの早くなる娘よストレスはや持ちながら

人がする皆がするからしてしまう群れあり時に嫌悪して見る

ことごとく負となる時期と他人事のように我が見る歌詠いつつ

無位無冠ゆえのつらさも此の頃は少し誇りとなりてきている

怠れば虫歯水虫歯周病細菌に我が支配されゆく

腕時計の硝子に映る竹すだれ夏の日分断されて明るし

乳酸菌満ちるキムチを噛みてより我がやわらかき洞窟に入る

水晶のような氷塊立ち上がり巨大な白き花を見ている

気に入らぬ者にはとことん責めてくる根性曲がりに黙る外なし

和やかに教師と生徒という仮面外して人の心に触れる

心しか見えぬことあり柔らかでまあるい生徒の心に触れる

定かには音は無けれど窓の外大きく遠く竹林揺れる

山の道迷いしところ輝きて芍薬の花すっくと一つ

人住みし跡に群れいてバラの花くっきり開く命たまゆら

オペラ声歪つに漏れ来る教室にべっとり梅雨の汗ぬぐいゆく

道の辺にホタルブクロの花群れて昨夜の雨の滴くに揺れる

氷原の写真を見つつ寝転びぬ梅雨のうっとうしさを逃れて

花菖蒲群れる水辺に迷い来ぬ陶酔して死に至り入るべし

こんなとこ森入り口にユキノシタ小さく揺れて日を浴びている

一瞬の生者の顔に死者の顔宿りて我を確かめに来る

人の死をかなしみながら蚊のぶんぶ泣くのを強く憎みて殺す

湧網線廃止反対集会に車で行きし人というもの

朗読の夏の葬列芋畑より生ぬるき風渡り過ぐ

葬列の風麦畑にも渡る幼き我が独り立つ丘

麦渡る風の匂いの中に来て亡き姉ちゃんと遊ぶ我あり

しっとりと細かき雨を含み咲くムラサキツユクサ心を浸す

我が前を咲くさまざまな花ありて心の一つ一つを映す

負われたり抱かれたりした姉ちゃんの匂いと肌の感触残る

麦渡る風に幼き我負いしナミ子姉ちゃん顕れてくる

麦の茎ちぎりて舌に乗せて吹くナミ子姉ちゃん麦笛かなし

やや目立つほどの野道に母子草父子草あり日を浴びて咲く

畦道を並んでナミ子姉ちゃんと麦の穂触りつつ歩みゆく

連れられていれば夕日に溶けてゆく僕とナミ子姉ちゃんの影

亡くなりし事実を母より告げられし数秒のことなれど忘れず

十三歳突然逝きし姉ちゃんと幼きままの僕がまだいる

泣きながらしゃくり上げつつ連れられて姉ちゃんといる日が沈むまで

いつも手を握られていた畦道に姉ちゃんといる今も時々

泣き虫の僕を庇いていつの間に姉ちゃん遺影の中に収まる

姉ちゃんの行く所なら何処へでもついて行きたい心が残る

佐田川の土手にすかんぽ茅萱噛むナミ子姉ちゃん面影かなし

麦に風ナミ子姉ちゃん想うたび涙あふれて幼子となる

森に親しもうと森を壊しゆく人の笑いの仮面見ている

雨の中気高く赤くあまた咲くフランネルソウ弾むがごとし

面影を偲ぶモジズリ声掛けぬままに逝きにし人恋いしけれ

めらめらとビデオテープの炎見ゆ過去も未来も火に抱かれゆく

暇だから書く批評などいらないと生徒に厳しく言うことがある
友の子の有名進学羨し言う妻流氷記など眼中になし

我が死なば献体、通夜なし葬儀なしこれが確かな遺言である

人の死といえどわざわざ木はいらぬ献体の後ごみとなるべし

棺桶も土に還りて地は人の無数の死が込められていたのに

地に開く花を愛でればそれでいい我が死すとも花不要なり

どのようにも染まる氷原バラ色に酔いてたたずむ我独りあり

薔薇色に一面染まる氷原に生も死もなきたまゆら揺れる