ぬば玉二十八号

金色の月に真向かう坂道を下るはいまのうつつに浮かぶ

突然に大粒の雨落ちてくる頭蓋に沁みる冷たき痛み

噛み締める歯さえ人工物ばかり既に危うきうつしみにして

人の気まぐれの拍手で死んでいる蚊の一匹の四肢鮮らけし

目を閉じて地球が回り血が巡り内臓蠢くさまをみている

梅雨終わるともなく今日は晴れ渡りチイイと蝉の鳴き初めにけり

太陽の色を映してワスレグサすっくと茎の立ち群れて見ゆ

心して食べよ命を継ぎながら内臓に棲む虫もうごめく

亡き人を雑踏の中すれ違うぬばたまの風吹きかすめつつ

食卓のキャベツ玉ねぎトマト噛むリズムも我の内側に入る

暖かい御飯のやわらかな匂い一日の命いのちをつなぐ

人いといつつの授業も生徒には優しく心の不思議を語る

夜明けまで眠り三昧這うようにすとんと布団という穴に入る

その昔思えば死者もよみがえり幼き我が生き生きといる

両目では透明片目にぼんやりと我が視野に立つ鼻の側面

瞬きはシャッターのごとぬば玉の脳裡に幾億画像が残る

人見つつ人の視界に我が姿ある不思議さのすれ違いゆく

一等兵大きな墓石ゆっくりと金色の月照らす真夜中

月の下墓石群あり我歩む足音だるまさんころんだ

墓石群文字立ち並ぶぬば玉の心を残し伝えるためか

ぬけぬけとそこまで言うかそんな人ばかりが世間牛耳っている

人が言う皆が言うから世間では…など言いながらあんたも一人

流氷記持ちてポストに運ぶたび墓群れ見つつ見られつつ行く

蝉の音朝の空気をかき回し歯痛の我の骨ひびきゆく

上に反り葉も実も青きイチジクのほのかな香りの一角を過ぐ

血液と肉のあわいを蝉しぐれ細かく震えつつ沁みてくる

土の中眠る胎き我がいて蝉の鼓動に揺れつつ眠る

二十歳にて死なば金色の月の下男根のごと墓立つあわれ

アカシアの蝉を襲いて喰うカラス飛びつつ咀嚼して口開く

開けたまま口腔乾く内壁は常濡れている人というもの

ぐるぐぐぐ歯の削られて震えつつ命も骨も地に沈みゆく

眠くなるように寝かされ歯の治療浅き夢見し身も削がれつつ

炎天のヨモギの匂い昇り来る線路よ遠き電車は歪む

葉にしがみつきて空蝉去年からの殻と並びぬ蝉しぐれつつ

夏を過ぐ蝉鳴くひびき流氷の鳴るみしみしと重ねつつ聴く

一斉に蝉鳴く朝の始まりに我が裡流れる血も騒ぎゆく

扇風機冷蔵庫の音ひびきいる深夜の家族寝息たけなわ

スーパーに籠もて巡る新鮮な死が飾られて並ぶ静けさ

豊饒な人の食物並びいるそのほとんどが死を加工して

スーパーは天井高く山道の果実のごとく食物並ぶ

蟻のごと人は溢れてスーパーの冷房の中食物漁る

苔付けし桜木肌をぬば玉の蝉の命の叫び隈無し

海獣の膚の桜木ぬば玉の葉陰に蝉の命ひびかう

たくましく濃き桜葉は蝉の音ひびかせ時の崩れつつ過ぐ

屍を味わいながら食べている人は己れの死を恐れつつ

人のため食べられるため生きている動植物は何思うことなく

クレーンがいたる処で食べている人はグルメに勤しみながら

経済というものが人狂わせて一時栄えて滅びゆくらし

深夜ひっそりとしている路地裏がテレビの色に次々変わる

青白くテレビの画面映りいる深夜の路地の向日葵の影

キリストも大津皇子も実朝もむごき死に様なれども潔し

ろくな死に方をしないも流れゆく時の落ち葉の一つに過ぎぬ

少しだけ音程外して歌うのか聞かせ処はしみじみとして

上手いけど楽譜通りでなく歌う充実少しカラオケにはある

いらいらと待つ踏切を殊更に減速して今電車過ぎゆく

薄光る樹幹の甘き液を吸う蝉あり桜の花知らず鳴く

果ての果ての果てなど思えば茫漠と身もほどかれて眠りに入りぬ

車に乗りバイクに乗りて人動く今の異形の我が視野がある

生ま生まと女歯科医の唇が下りてきそうに目の前にある

電車過ぎまた矢印の灯りいて踏切前のざわめき親し

蝉時雨浴びつつ午前わが庭に小さく白きキンカンの花

心常飛びつつ生きるかなしみを白くサギソウ目の当たり見ゆ

太陽も地球も回るエネルギーその一部にて人生きて死ぬ

柔らかき地球に学べ争いも花も思想も繰り返しつつ

プライドという厄介な感情に人は争い繰り返し死ぬ

プチトマト口にて広がる一瞬の甘き破壊を楽しみて食ぶ

白桃の肌を愛しみ皮むきて甘き匂いのやわらかさ食ぶ

桃の実は遥かな女人やわらかで甘く儚き匂いが残る

桃の汁喉に沁みいる真夏昼この年半ば生きて来しかな

人生の味わい黄昏流星群網走海岸町が出てくる

昨日見し路上に果てし熊蝉に寿命寿命とやかましく鳴く

熟れし桃徐々に剥がれてくっきりと雲の隙間に満月浮かぶ

食い食われる動物たちを観つつ食ぶいつまで人間様の食卓

おじいちゃんおばあちゃんにと貝殻を拾う娘に波やわらかし

突然に義父倒れたと次々に山押しのけて『のぞみ』駆けゆく

午前には話していた義父もの言わぬ体となりて横たわる見ゆ

五時間もの手術終え淡々と言う執刀医の目と脳の断面

月の満ち欠けのごとくに断面の脳幾つかが暗闇に浮く

インスタント写真見ながら克明に執刀医言う時止まりつつ

突然に倒れて四日後みまかりし義父の教えてくれし死にざま

四日間無言の義父の語りかけ尽くして波が凪となりいる

五時二十三分義父の臨終にほどけて緩む安らぎもあり

流氷が岸に鎮まる静けさに臨終示す直線となる

がんばってからありがとうへと変わる千羽鶴折る娘の言葉

陽炎の路地アスファルト日盛りに葵の群れの華やぎかなし

おじいちゃん今までどうもありがとう娘の声に皆涙せり

想い出の一人とならん美しく焼かれて義父の骨横たわる

明確な一つの夏か義父逝きて遺影の前の骨壷二つ