馬の骨三十一号

見る程にレールも走りついて来る車窓は幼き頃と変わらず

今日もまた地雷踏みつつ人あらん一足歩む時の狭間に

蟻塚や蜂の巣のごと人築く都市見つつ飛ぶ渡り鳥あり

あちこちの地雷うっかり踏まぬよう妻の機嫌を測りつついる

文明が作り地雷を埋めてゆく山河の民は滅ぶ他なく

人も武器も消耗されて潤える人あり常に幕の向こうで

人と人かく憎み合い殺し合い果たして神は必要なのか

厳かで気ままな神に祟られてますます人は祈る他なし

我が内に巣くう無数の虫たちを思いつつ寝る愛しみながら

程ほどに我を蝕む虫もいて仲良く暮らせわが内側も

冬日浴ぶ曼珠沙華の葉の青々と彼岸此岸を突き抜けて生く

旬の花過ぎし師走のアジサイを見つつ乾いてゆく過去がある

あどけなき娘の寝顔しみじみと生きてゆくべし心足らいて

評価定まらぬ我にて沸々と捨てきれぬもの溢れつつかなし

ドラマでは過程として幾つもの死が解決すれば全てめでたし

何ほどのなき光景も川のごと人少しずつ代替わり行く

俳優は何度死んでも生き返る本物の死が数行にて載る

長いのか短いのか一日が過ぐかけがえもなく生きて地球に

アラビアンナイトもハリーポッターも神あり魔法操りながら

魔法にて神の作りし人集う地球は青くやわらかな星

浜村淳語ればつらい人生も映画も味のあるものになる

無駄なもの何一つなき人生と空行く雲を見つつ思えり

自在なる魔法は夢に封じ込め人は現つの些事に追われる

何となく死者の魂あるような明るき月夜の墓に来ている

深夜目覚めれば闇路に美しく便器の青い輪郭が見ゆ

悪者を殺して愛をテーマとするその単純を疑いて見る 

神棚と仏壇作れと言う母よまだ神仏の定まらぬ身に

親鸞も釈迦も偶像崇拝を否定した筈あるがままにと

素晴らしい歌を夢にて作りしがどこに忘れて終日が過ぐ

歌壇など犬に喰われろ人麻呂も芭蕉も旅の途上にて死す

蓑虫のように布団に入りて聞く朝の足音ゆったりと行く

父母も老人やがては迫りくる死の現実をしみじみ語る

血統も怪しきどこの馬の骨ごぼう抜き抜く身を誇りつつ

関わりのなき特急が通過するその影ホームの人攫いつつ

その時は潔く食べられてやる心持ちつつ豚食べている

食べられる幸せありや何ゆえか人は我が儘ゆえ食べられぬ

血統の始めはどこの馬の骨空海歩むケモノミチあり

裁かれて取り残されて我が裡に幾ついかなる剣呑が棲む

聖なのか悪なのかさえ妖としてオサマヴィンラディン行方知らずも

ピラカンサなごみの赤き実を広げ冬の日だまり輝き放つ

落ちたいか落ちたくないか冬の日を浴びて銀杏の葉は縮みゆく

流氷の薄き所を歩みいる危うき雨の舗道に一人

あと五分だけ眠りたい朝うつつ生に執着するにあらねど

わが体コンクリートと変わりいる底冷えしるき夜半に目覚めば

しとど降る霙に濡れて幾百の墓群れ肩を怒らせて立つ

人も花も地球も不思議一瞬といえども愛によりて生くべし

月面に誰も立っては居らぬぞと密かな声の鳴りひびきゆく

道でなく川を流れて行くように自転車ゆらり揺られて漕ぎぬ

宝玉のごとく輝くリュウノヒゲいかなる神の切崖(きりぎし)下る

おずおずと朝にハコベの花開く今日緩むべき冷えと思うに

枝のみとなりて深夜のプラタナス手を差し伸べよあまねく宇宙へ

新年の小さな命の金木犀冬芽は黄緑色やわらかし

霧氷立ち並ぶ林に朝日の朱かすか染まりぬ輝きながら

ものがたり性善説がいつも勝つ踏みにじられて来しとうらはら

怒られては抱き締められに来る娘命を包むつかの間と知る

締め忘れ水滴一晩中落ちて一瞬の命たちのまぼろし

眼裏の模様は波か滔々と川の流れに任されて寝る

少し赤らみし蕾の満ち満ちて今年も椿春を呼ぶらし

鎌足も家康もどこの馬の骨藤原徳川家は血筋良し

中納言光圀公にてあらせられ土下座促す何があるのか

冬日和風に揺れつつカランコエ蝶や蜂待ち黄の花灯す

冬の日の今日は和みて紫陽花の芽の柔らかさに目を凝らしいる

結婚式明日にするため強引にメロスは小さな嘘ついていし

月面に今も在るべき星条旗威信も徐々にほどけつつ立つ

やわらかく白き光を吸いながら水仙緩き傾りに開く

冷えしるき朝の大気を灯すため橙実る坂下りゆく

雲は影塗りつつ流れ北摂の山は明るく暗くひねもす

目の粗いショールのような雲の群れ夕日の方へと明るく渡る

我が命無くなりてもなお繰り返し時計のごとくに雲流れゆく

幾つもの危機一髪が一時間程運転のなかにも在りき

いつぶつけられても仕方ないようなカーブの対向車を見つつ乗る

マッチ擦るつかのま火は木を抱き締めて殺して己れも消えてしまえり

夢なれど網走二中旧校舎戻りて座るわが机あり

転勤となりて再び網走に戻る夢あり流氷に乗り

目つむれば向陽ケ丘に立っている海には蜃気楼を浮かべて

湯気のごと立つ海霧の湾見えて朝の岐羅比良坂下りおり

飛び魚のごとき一瞬面を打ち竹刀は宙にとどまりてあり

石ばしる垂水に魚の跳ねるごと少年が面一瞬決まる

神のパソコンを覗けばびっしりと近日死亡予定者が見ゆ

今はビルの谷間にありて処刑台セリヌンティウスの日が沈みゆく

亡き義父の氷塊ありや揺られつつ流氷群が近づいてくる

このままに死んでもいいというような情熱ありや猫よがり泣く

閏土も揚おばさんも見渡せばいるいる職員室のなかにも

二十年三十年は刹那にて君ら生徒と変わらずにいる

アホやなあ先生らしいと生徒より言われてホッと一日終わる

蛍光灯の小さな穴より紐垂れてカンダタ我は手を伸ばしいる

重そうな雲ぬったりと渡りゆく窓にビュッフェの裸木並ぶ

雲間より突如閃き裸木の黒きが白く輝きて見ゆ