未生翼三十三号
堂々とヘルメットせずに仕事する新聞配達バイク見ている
人間を全肯定か全否定してマスコミが闊歩してゆく
見せしめのありて秩序の保たれる人の集まりなのかと思う
地を叩く音ひびかせて春の雨獣も花も笑いつつ過ぐ
高く咲き散る一瞬のために生く桜は花の翼を広げ
際やかにイヌノフグリの飛んでいる土手の一角草の匂いす
目つむれば流氷原あり高く飛ぶオジロワシわが眠り入るまで
人生をやり直したい若くなれ幼くなれと我が翼あり
美しく生徒の群れは動けども人一くくりにしていいものか
目を閉じて雀の暮らしの声を聞く夜明け獣となりて横たい
雨垂れの砕けて散って星となるそんな刹那の満ち満ちて世は
二三日離れて妻の良いところのみが湧きくる不思議なれども
人厭うたびに眺める北摂の山並み今朝は鮮しき雨後
死ぬために生きるみたいと娘言いまた子の無邪気な世界に遊ぶ
変わりなき景色の向こうに近き山今やわらかな春いろまとう
トータルで人生なんて分からない寄り道ばかりして来たけれど
卒業式ビデオカメラの群れ見えて人の残せしもののいつまで
弱い者あればとことん叩きゆく人食卓にテレビ見ている
卒業式遺影が一ついつまでもVサインしてかなしみを呼ぶ
翼閉ざされて眠れど高いびきして冷蔵庫の音ひびきいる
幼子の笑いに笑い返しいる我折り返し点とうに過ぐ
ねばならぬすべきは裏側にもありて人闘争に明け暮れてゆく
鉄橋のごとんごとんの音ひびき夜の淀川しばらく渡る
それぞれの終着駅にて降りてゆく人乗せて電車未来へ走る
いっぱいに川を覆いて花いかだ夜は満点の星となりゆく
辛い過去の日々こそ宝ゆっくりと海を濡らして日が沈みゆく
今日もまた少年少女の死もあらん片栗の花咲き乱れいる
わがクラスみんな違ってみんないい明るく笑い励まし合おう
幾たびも少女集いて片栗の花青空を映しつつ咲く
改めてハルノノゲシの路地裏に残りて開く喜びがある
いつの間にオニタビラコの生き生きと伸びてさ庭べ春も過ぎゆく
売れぬまま宅地予定地母子草父子草ありつつましく咲く
新しきクラスに座る生徒らの不安と期待の眼差し残る
誰にでも言えることから発問し誰もが答えるよろこびを知る
生徒の目徐々にほどけて手を挙げて答える授業たけなわとなる
藤村の椰子の実一つさまざまに生徒の心の孤独を灯す
名も知らぬ遠き島より百年の後も漂う椰子の実一つ
かつて家在りし空き地にホトケノザ何想い咲く坂下りつつ
二年生三年生となる不思議自ずとどこか違う気がする
ホームレス・リストラ・トラウマ…次々と現代が病み襲いつつ来る
流氷の原も翌日にはなくて流離の憂い青々と海
流れ寄る氷塊一つ午後の日を浴びて呟きながら溶けゆく
海の日の沈む間に我が生きて来し全ての記憶蘇り消ゆ
故郷の岸を離れて波の音する満天の星を見ている
想いやる八重の潮々流氷は何処に浮かび彷徨いつづく
雪原に直ぐ立つ一樹くっきりと影あり白き日に向かいつつ
椰子の実は流氷となり転がりて渚に我としばらくをいる
紫の命の花わが眼の前に開きてカラスノエンドウ群るる
去年とまた同じ処にナズナ咲きしゃがんで我も日を浴びている
花咲かぬ季にもナズナの根は開く真昼の星のごとく見えねど
炊飯の音が拍手に聞こえくる今日もドラマの始まらんとす
押し寿司の人のかたまり並走の電車に詰まり顔あまた見ゆ
墓群れの中の椿が赤き花落として次の命育む
ビニールの襞は地表のごとくにてこの滑らかな地球は回る
地に落ちた椿の花にも雨が降る洗われても死は戻るはずなく
未明より今朝となりつつ鳥の聲わが眼裏に心地よく聞く
不登校常なる生徒の空席のかなし授業の間にま目が行く
ねばならぬ生かしておけぬと原理主義我にもあると思うことあり
分類されコンピューターに入りてゆく歪つに笑う我が顔がある
淀川の蛇口ひねれば滔々と百万所帯の水道の水
君らとも所詮つかのま滔々と流れる川に陽がとどまりぬ
蚊が飛べばパチンと叩く手の平に細かき造りの美が鮮らけし
ゴキブリやムカデ棲む地にヒト増えて四角い無数の巣が立ち並ぶ
ほの熱き湯呑みを抱く手の平に今在る命思いつついる
我が足を離れて二つ靴下の不思議なオブジェ飽かず見ている
一人の死より次々にほどかれてあきらめの日が沈みつつ見ゆ
限りある命愛しみ目を閉じていつまで続く我が鼓動聴く
雨の夜の硬き舗道は銀色に光りて我に従いて来る
高槻に居て網走に眠りいる常流氷を見渡しながら
四階の窓の高さにまで白きアカシアの花茫と広がる
不自由な体の詩人日木流奈と同じ根っこのわが歌がある
眼裏の麩を食べに来る雀らの声の溢れる朝寝ています
障害児などと世間の作りいる言葉と心憎みゆくべし
生きている間にせめて魂の触れ合う対話をしようじゃないか
魂の対話もありて幾つもの言葉行き交う授業は楽し
言葉により解き放たれる魂の見えて生徒の明るさ戻る
無意識の中を探れば泳ぎ飛ぶ人の未生の分身が見ゆ
すさまじき女の争いしておりし妻と娘が寄り添いて寝る
都合よく我の名前も入れられて妻と娘の争い激し
口出しをすればこちらが責められる夕方妻と娘と対かう
妻・娘・僕の奇妙な関係もやや和らぎて食卓囲む
飛ぶことも出来るのに蝿そこに居るただそれだけで殺してしまいぬ
呆気なき祖父の死娘父我の死を思うらし首強く抱く
病院が終の棲家の日本の今いまいましく思うことあり
目つむれば流氷原とも銀河とも白く輝く空間がある
知床の峰より朝日昇り来る岐羅比良坂には目を閉じて入る
気が付けば岐羅比良坂を上りいる我の姿とすれ違い行く
オジロワシとなりて見下ろす氷原に立ちて花咲く氷塊群れる