蛍三十四号

わが布団四角いシャーレーもぞもぞと一晩動いて成長もせず

多数決だから従う納得を決してしている訳ではないぞ

人生の中の一分一秒を君たちといるそれだけでいい

漱石や芭蕉の享年過ぎて生くのろまでひねくれ者しょうがない

大人には疲れて生徒にほっとする我の教師の型定まりぬ

携帯の奇妙な声音の鳴り響く職員室への指令は誰か

目をつぶり自由な世界楽しめば夢といえども美しき日々

踏切を過ぎる電車の一瞬を目で追えば目を合わす客あり

いつの間に我が家に帰る全自動装置に委ねられし一日

おいしそうなどと言われてトコトコと切り刻まれている我がある

すんなりと言葉が出ない舌の先絡まりながら口腔めぐる

深夜歯と歯茎の間くねくねと動いてやまぬ我が舌がある

時に舌カレイのように潜みいて唾湧くたびにふわりと泳ぐ

ニンゲンの醜さばかり湧きてくるざらりと舌の嘗めている午後

イソギンチャクの触手のような我が舌に食べてもらいぬ心の灰汁を

常濡れし水底にいてわが舌は心の動き揺られてやまぬ

振り返り思えば義父は自分の死知るや晩年ひたすら優し

鬼気迫る田宮二郎の晩年の白き巨塔の断片残る

歯と歯茎せわしく動く舌の先太古よりわが内側に棲む

やわらかな夜に溶けつつ横たわる我あり舌を泳がせながら

先人のトーテムポールは長き舌空の真青に見せつつ笑う

空を飛ぶ夢も叶わず舌はわが口の中にて常動きいる

つまらない人にこだわるつまらない自分を見ている自分がありぬ

際限もなく人がいて次々に死ぬ生まれるを繰り返すのみ

湧き出でてくる形象の一つにて少女の背中ゆうぐれてゆく

口の中ウミウシふわりふうわりと舌泳がせて我が眠りあり

時にわが舌自身になり泳ぎいる深海ゆらり寝返りながら

ほの青き大気の底に我ら棲む自由に心のひれ泳がせて

蝿や蚊を殺すことのみ考える人は己れを滅ぼしながら

手厳しいことを言われて妻はややひるみつつ出て娘を叱る

叱らねばならねど言葉無くなりし妻に替わりて娘と向かう

抱き締めてやれば素直になる娘無駄な言葉は置き去りにして

脳の血管がぷつぷつ切れてゆくらしい言葉の空白続く

不登校生徒来ているそれだけでクラスに温かい血が通う

庭に穴空きて幼虫出でてくる蝉と生くべし短か世ならば

そんなこと俺にもあった真剣な生徒の声に我が重なりぬ

棺箱に入りゴウゴウと焼かれいる夢より覚めて今日始まりぬ

ふわりふわ無数の蛍明滅し小さな闇の川照らしゆく

話の間聞いて授業に生かすべく米朝語るテレビ見ている

我が阿呆を見られたような心地して笑いつつ見る落語はかなし

呼人住む清水敦の油彩よりあの網走湖の風吹いてくる

流氷のひと塊あり画布のなか漂いつづく思い果てなし

炊飯器の音が波のねふわふわと識閾さ迷うわが朝がある

波打ちに打ち上げられてわが体布団の四角い砂浜にいる

夏布団抱いてなめくじ溶けそうな重き体の我が横たわる

さまざまな朝の音あり聴き分けてそこまで遊びに行く意識あり

波打ちに潮干狩りするさまざまな形の生徒一巻きの絵か

限りなき闇の奥へと点々と蛍灯れば導かれゆく

暗闇のわが目に映る煌々と蛍は幼き頃と変わらず

薄緑色に蛍がゆらゆらと闇切り裂きつつ揺れて飛びゆく

いざなわれ導かれゆく暗闇に匂いつつ蛍群れて灯りぬ

我が裡に灯る蛍が眼前の暗闇に飛ぶ揺らめきながら

地に墜ちて飛べぬ蛍が最期の灯ともしつつわが在り処を示す

蛍狩り娘と遊びつつ思う一年前には生きていた義父

言葉ではなく肉声が蘇る義父死して我が裡に住むのか

心配と不安と急に湧きてくる深夜に覚めて野ざらしひとつ

野ざらしを心に川瀬沿いて行く我に蛍の光は揺れる

どれほどの違い合格不合格歓喜に醒めてゆく意識あり

この世こそ極楽菖蒲の花の群れ人と生まれてきて今が在る

日本が勝つ時負ける国があり次々地球ゴールされゆく

太陽が沈み切るまで人われは死後の無限の時思いおり

なだらかな火口のごとき蓮の葉の群れて静かな花開きおり

常に添い続けて別の人格が歌作りおり我が眠る間も

我が内の無数の命ゆらゆらと蛍灯れば輝くあわれ

携帯を持ちつつ人も呆気なく虫のごと死ぬ定めなるべし

御自分の耳で目で判断できる人わずかにて歴史は進む

輪廻転生を信じて墓もなくネパールに燃え踊る死者たち

早朝の光射し込みブナ・コナラ森生き生きと息づき始む

卯の花が広場の真中に咲いていて人の行き来も彩りを添ゆ

幾兆の虫のかたまり人間が殺虫剤を持て遊びおり

伊耶那美の正体見たり人間は無数の虫の集まりに似て

人われを恐れて逃げるもままならずエゴノキ花を振り落とすらし

迷いつつ曲がりくねった山道の荒地野菊を忘れずにいる

人の世は入れ替わりつつタチアオイ祇園鉾あり昔も今も

土色に花の名残りを被りいるツツジ見て過ぐ梅雨の晴れ間に

飛びて舞う蛍の明かりの他見えぬ夜の流氷原を思えり

一夜にてジグゾーパズルほどけおり流氷去りて海覆う波

蓮の葉のひしめき流氷群に似て朝の池畔に動けなくなる

振り向けど過去は過ち去るものと我は思わず今生きるのみ

今われが生きているこの幸せに勝るものなし過去も未来も