蝉束間三五号

竹林がおおきく激しく揺れている景いつまでも心に残る

さまざまな形にペンを持つ指の動いて試験たけなわとなる

二千円札偽札と重なりて早々使う落ち着かぬまま

次の世の入り口なんだろう月が朗らかに照りすぐそこに見ゆ

足らぬもの補うように寄りて来る娘はわれの一部ならねど

音もなく影のみ伝う一瞬のああ朝帰りする猫がいる

人間の都合の善玉悪玉の菌営々とわが身に宿る

蚊や蝿を殺して喜ぶ人ばかりいるのか日本のテレビの夏は

脅かせば体を縮めておびえいる足高蜘蛛あり逃がしてやりぬ

良い生徒悪い生徒と簡単に言うなかれ君教師にもよる

ドラマには大小便が欠けていて現実感なくおしまいとなる

人死んで犯人わかって了となるドラマサラ金提供にして

乳酸菌納豆菌など棲まわせて虫の奏でる歌うたうべし

我もまた眼閉じれば空を飛び流氷原の模様見ている

流氷記一冊折り跡十六の思いを伝え便りが届く

秒針の回る音あり生ま生まとわが血液も全身巡る

クーラーの排気が空にしんしんと昼の日盛り蝉鳴きわたる

ため息やうめき声など冷蔵庫常働けば時折聞こゆ

今日本便利無臭に囲まれて死も迅速に処理されるのみ

この世から突然我がいなくなる単純来るかもしれぬではなく

血液が逆流するにはあらねども死への不安にのたうつことあり

擦り傷がうずいて虫の音のように眠られぬ夜の心にひびく

考えてもどうにもならぬことばかり思う楽しみ眠られぬ夜は

性器とは奇妙で滑稽な形持て余し過ぐこともありしか

ゴキブリに悲鳴を上げる妻よそれニンゲンよりも大きなものか?

ゴキブリを見つけるたびに僕を呼ぶこんな時だけ頼りにしてか

イヤホーン付けて聞こえぬふりをするゴキブリいると妻叫ぶ声

ゴキブリが触角緊張させて振る妻の悲鳴に驚きながら

何の罪あればこんなに嫌われるゴキブリあわれ我とて同じ

追いつめて叩いて殺す猟なのかゴキブリ動けば夢中になりぬ

不貞腐れ宅間守の不条理を誰もが持つと思うことあり

塵となり空気となりてほどけつつ命よ生きているということ

信長も武蔵も今では犯罪者なのにと歴史の不可解がある

蝉時雨聴きつつ眠る海の底わが舌ひらりひらりと泳ぐ

海の底に我ら生きつつ蝉時雨青木繁の絵の中にいる

目と鼻の先に棲みつつイバラード井上直久天紡ぎゆく

たくさんの死を喜んで食べながら酔いつつ人の舌弛みなし

待ったなし死が炎天下のつかの間の信号待ちする霊柩車あり

古き町並を歩けば背景にビル傾いて見えることあり

安威川の流れを見つつ一瞬が今が全ての光景となる

そんなにも誰の性器も変わらぬにこだわる生のかなしみがある

歌作るたびに心が軽くなる独りうっすら笑いなどして

少しずつ海が濃くなり人棲めぬ地球が宇宙のあちこちにある

生きている不思議不可思議蝉時雨あふれる朝の識閾にいる

明らかに我に聴かせるごとく鳴く熊蝉太く滑らかな聲

わが便を確かめている毎朝の不思議な時間空間がある

神の声伝えて蝉の奏でいる不思議な朝の空間にいる

何も考えずひたすら鳴いている蝉あり我と区別すらなく

アオムシが山椒葉食べて美しく居座りおれば殺さずにいる

どさくさの薄い平和の日本が勿体ないことばかりしている

見るからに意地悪そうな人が意地悪にて少し気の毒になる

こんがりと焼けとばかりにパン種のような死体が吸い込まれゆく

深夜わが頭蓋に足音ひびきいる黄泉へと続く道にあらねど

いらぬとき出てきて捜せば出てこない物に囲まれ生きているのに

我が前を袴速足するようにアオスジアゲハ横切りて行く

穴の位置悪くて成虫寸前に死にいし蝉に蟻群がりぬ

神居ます天に響かせ鳴く蝉よ鞴のような腹震わせて

風や岩、水となるのも幸いか雲間より日がざんぶと注ぐ

蝉時雨聴きつつ土や風となり眠るよ死後も未生も同じ

バルサンを焚く近所より逃げて来るごきぶり追えば隣家へと入る

わが事のように一つの雲が今目前の窓流れ過ぎたり

ぷちぷちと手の爪足の爪我を離れて土の一部となりぬ

次々に発酵腐敗繰り返す命か頭蓋に蝉響きおり

ねばならぬばかりが弱肉強食し世論を作るかなしかりけり

癇癪を時々爆発させている家族か我もこだわりを持ち

天井の木目の模様死体さえ輪切りにすると美しくなる

パソコンも不意に固まる死といえど流れる時間の一つに過ぎぬ

太陽もいずれは滅ぶ我もまた無数の滅びを繰り返し過ぐ

太陽が滅びて後もあるような大きな闇の脳裡へと入る

我が強く思えば音も伴いて脳裡に動く流氷群あり

義父の死からあっと言う間の一年が過ぎてノウゼンカズラ見ている

さるすべり蝉のひびきの夕方のかすかな花の紅かなし

つつましく咲く花あれば誰か言うオイランソウの夏もつかの間

鳳仙花弾ける夏に迷い入り少年となるつかの間がある

箱の中の過去を再生して見れば画面の内に外にわが居る

蝉の羽根地に転がりて美しき土となるべしわが庭にある

微生物たちに喰われて粒となる砂漠葬あり満天の星

たくさんの枝を絡めて鳥と蝉うたう金木犀も輝く

夏の風涼しくしみる夜は流氷がどこかで生まれゆくらし

我のみが流氷原に一人居るそんな風吹き夏終わるらし