三十六号
秋徒然
壕(がま)に積む人間の骨思わせて珊瑚の遺骸かなしかりけり
黒焦げの人人人を埋めに行く戦争末期の沖縄かなし
真っ暗なガマに無数の無念の死つまりて点す形象ある身が
逃げ惑い殺されてゆく人々の沖縄今も戦闘機発つ
紀元千年以前の歴史曖昧な島の平和な日常ありき
北海道沖縄付けてふらふらと得体の知れぬ日本が行く
つかの間の平和なれども沖縄の悲劇を風化させずにいよう
人間の都合の平和戦争を激論しつつ食すすみゆく
人間が粗末に棄てた食べ物にゴキブリ寄れば撃ち殺すのみ
バルサンを焚けばゴキブリぞろぞろと避難経路に従いて逃ぐ
他生物虐殺して生き抜いているニンゲン我らも平和を望む
起きている時にも寝ていることがある目交いをただ絵のように見て
クレーンが大地吊るして空の端入道雲ありもくもく昇る
何も考えぬ時間を雲渡る窓の不思議な場面見ている
たちまちの一生か花火広がりて視野いっぱいになれば消えいる
波打ちは珊瑚の骨の群れむれて恩納の海のたそがれにいる
大漁の感覚もて戦争をする人が人狩る歴史が続く
さまざまな生き物の死が波打ちに洗われながらつぶやきて引く
蝉絶えてしまいて夜はしんしんと虫の音ひびき涼しくなりぬ
木陰には蝉の死体に蟻が群れ急に秋へとなりにけるかも
ゾウリムシ二つに裂けて若くなるそんな素敵な生き方もある
犬に引っ張られて右往左往する人間だけが性器を隠す
交尾により生まれし人らセクハラのビデオ戸惑いながら見ている
突き詰めて思えば生も死も全てあっという間の過去となりゆく
人間の淘汰のための戦争と地雷野染めて夕日が沈む
成り行きの不幸不運のただ中に臨めば笑うよりしょうがない
不可思議な生き物ゆえか人もまた時に滅びを急ぐことあり
秋分を過ぎてたちまち暗くなる夕方帰りは虫の音を浴ぶ
さんざんに他の生物を食べ尽くし人は勝手なことばかり言う
次々に生き物育て殺しゆく人も身近な死を恐れつつ
朗らかな月見て納得してしまう死んで何にも思うことなし
気が付けば小庭ふくらむ韮の花群れてしきりに風呼びている
羽ばたきのその一瞬の視野もあれ黄蝶は萩の花を飛びゆく
神様が助けてくれたとしか言えぬ過去の折々折々があり
立ち枯れて九月の末の曼珠沙華なれども新しき花混じる
玄関を出れば墓石の群れ見えて満月の下冷ややかに見ゆ
妻の家遺品も少しずつ減りて義父は写真の中に収まる
墓石の上にハシブトガラスいて大気と話す丸き目をして
どことなく子に似る親の集いいるグランド体育大会たけなわ
きびきびと機械のように動くさまマスゲーム美しけれど好まず
足速きが襲いて遅きは食べられるリレーの瞬時どよめきかなし
玄関を開ければ金木犀匂い夜の青空広がりて見ゆ
金木犀小さな花の溢れいて夜は満天の星となりゆく
夜なのに青く広がる空見えて我の歩みは果てしなくなる
黒柳徹子と我と連なればLD明るき響きとなりぬ
人の生なんて一瞬白昼のプラネタリウムに星満ちてゆく
つれづれの我のトンチンカンなじる妻の唇だけを見ている
夕立の去りし空白数人が取り残されて目を合わせおり
キクイモの黄が青空を泳ぎいる秋はまたたく間に過ぎてゆく
川のごと刻々変わる風に揺れセイタカアワダチソウを見ている
アカマンマ群れる足元踏まれつつ生きても決して負けていはせぬ
赤トンボワレモコウより飛び立ちてふわりとワレモコウへと戻る
我が居らぬ間にも夕べは過ぎてゆき鈴虫響きわたるこの部屋
風に揺れどこへ行くのか枝垂れ萩過去へ未来へ続く道あり
夕焼けの雲行く空を汚すがに椋鳥群れて鳴きかわし過ぐ
細枝に止まりて高鳴く頬白の楊枝のような足も揺れいる
カサコソと落ち葉動いて近づけばカケスの丸く光る目がある
家の中午後に疲れて横になり眠れば雨の音顕ちてくる
人間の巣が広がりて地上には蟷螂のごときクレーンが見ゆ
金木犀匂えよつまらぬことばかり思う心を初期化してゆけ
韮の花しおれて後は蟷螂の頭のような緑が揺れる
右目より出でてたちまち消えてゆく夜の電車の明るさ残る
コンセント離れたコード転がりて部屋障子越しの朝の日を浴ぶ
スタンドが畳の海を灯台のように照らしている眠る間に
いたずらな巨きな宇宙人の矢が一本地球貫いている
一粒の露の地球がふうわりと浮かんで未明目が覚めてゆく
食べて飲んで土にもならぬ排便を繰り返し我が日本人あり
どうにでも言える論理の応酬に少し厚かましい方が勝つ
幾つかのボスとその取り巻きがいて猿山みたい職員室も
鮮やかな夕焼け雲を見ておればうたかたならん今日も昨日も
ジーンズを履けばジェームスディーンわが重なりて照れ笑いなどして
どのような縁でこの世に生まれくる目交い全て映画のごとし
悪しざまに生徒を笑う教師あり自分が言われているように聞く
水の上雲浮かぶがに青々と下界に淀みあぐねる人ら
上からの指示が正しいのかどうか9・11犠牲者ばかり
従わぬ教師もとことん叩かれる学校という小さな社会
負けるとはわかっていても言っておく自分の思いだけは残して
マスゲームなどパソコンがやればいい人あれど人隠れてしまう
最後には自分が判断するべしと生徒に強く言うことがある
眼前の景色は生死交々に今わが身より爪弾け落つ
考えをやめれば雀の声を聞く朝の識閾明るくなりぬ
三十年ぶりの家には柘榴一つかつての処にぶら下がって見ゆ
自分より若き人の死送ることこの頃多くとりとめもなし
焼香の順に並べど明らかな死の順番が何処にかある
薄明は流氷に乗り旅をする目を閉じ布団に包まれながら
つづまりは網走海岸町に咲く流氷が積み上げし墓標か
氷漠と際やかな月ミシミシと乾いた悲鳴響いてかなし
ミシミシと響きどよめく果てしなき流氷原に我ひとりいる