流氷記42号花びら82首
片隅に絶えず置かれて死亡欄母より若く死ぬる人あり
目つむれば宇宙の果てに浮かびいる死もかく暗く明るきものか
残忍で酷い心をさらしつつどっちの料理ショーはたけなわ
いくつもの殺人事件並びいるテレビは最も平和を嫌う
犯罪を追いかけ死刑待ちわびる報道陣という人種あり
蛇のごと手を出しキーを叩きいる人の時代はいくばくもなし
爆発し崩れゆくもの星のごと粒子のごときが我が裡にあり
穏やかで優しいことが障碍か教師の受難いつまで続く
ともすれば毒もて毒を制しいる教師となりてしまうことあり
こんな筈ないのに嫌な方法でその場が通ってしまうことあり
少しずつ笑えなくなるそのうちに裁かれている自分に気づく
高笑いつづく遊びの領域で裁かれ始末される人あり
指先に意識を集中させて聞く脳の経路に血は巡りつつ
わが裡を隈なく毛細管巡るこころの迷路を逃げ出せぬまま
足指に力を込めて第一歩踏み出さんとす今日の初めも
コンセントより外されて横たわるコードか希望叶うまで待て
主人公間一髪で助かれど周りのみじめな死はいかんせん
優しくて礼儀正しく温かい生徒に接することのよろこび
飛行機の窓より遠く流氷は海にためらいつつ浮かぶ見ゆ
網走の夜の氷の滑り台少女の喜鳴たちどころに消ゆ
一面に波立ち網走湾は流氷を待ちつつ雪浴びており
新雪を踏みてははしゃぐ娘より羽根生えて我が圏外へ飛ぶ
我を待つ我が分身の許に行くいまだ接岸せぬ流氷に
接岸もせずに漂う流氷を我のごとしと遠く見ている
海に背を向けて漁船の並びいる冬の日ビュッフェの絵に入るごとし
母さんの所へ行くと単純に素直に思うこの頃がある
早送りするように時過ぎてゆく朝から朝へ横たうばかり
屋根に落ち地に落ち溝に落ちる雨聴きつつ朝の識域にいる
突然に場違いにいる戦慄の夢の中より出られなくなる
人間もどこかで神の操作するロボットなのかと思うことあり
目の奥で常に明滅繰り返す宇宙に還り眠りへと入る
ゴミ袋漁りてカラス声高く人の卑しきこと吹聴す
自分だけは死なぬものだと思いしがこの頃衰え激しくなりぬ
我が過去は中途で終わることばかり続き補う夢あまたあり
満たされぬ過去を補うものありやドラマを見つつ思うことあり
特定の人の気まぐれ正義など初めにどこかへ捨てられている
春の雨やさしく叩く生きるものなべて目覚めよそう悪くない
こちらにもあちらにも真実があり悪魔といえど滅ぼすなゆめ
迷い込み森を歩けばひとところ桂の芽吹きに水滴りぬ
音もなき怒濤の海の続きいし夢か布団の中しばしいる
見上げれば視界に空のある不思議思えば死後は闇のまた闇
振り返る視界に母がいたような気がして思い返すことあり
妖精の目玉のごとき滴く待つ水玉小枝に連なりてあり
よく見ればジシバリ黄花あふれいる野のやわらかき細道続く
オオイヌノフグリの青に吸い込まれそこだけ宇宙のごとくに楽し
少し気に入らねば削除して進むインターネットに人溢れゆく
夢を見るように月日が過ぎてゆく母亡くなりてもう桜咲く
紫陽花に落ちる雨音ゴムのごとたちまち戻る母想うたび
道の辺に落ちて重なる桜ばな雨に打たれて匂いを放つ
秒針が脳に刻んで行く過去を探りて眠るゆめのまた夢
大木にあらねど椿赤き花今年の命の輝き放つ
花も葉もぎっしり椿ひしめきて命あるもの生きてゆくべく
墓の端乳房のごとき赤き花たわわに実る椿見て過ぐ
花柄の緑のコートまといいる椿は誰を待ちながら立つ
地に落ちた椿の花の増えてゆく無常はかくも淡々として
安威川の堤あぶら菜ひろがれば蝶も躍動して移りゆく
おいしそうされど料理の残酷の明るさばかりテレビに映る
夜が明けてやがて雀がやってくる金木犀に意識している
たちまちに椿も桜も花過ぎて地は花びらの香りをまとう
雨風や人の気まぐれ花びらは流氷のごと移動していく
桜花・イラク・ファルージャ・バクダッド‥歴史は瞬く間に過ぎてゆく
銃あふれやられる前にやれという論理に世界滅びつつあり
みんなまだ若いつもりで乗っている夜の電車はひっそりとして
朝方に耳を澄ませばバタバタと天気予報の雨落ちてくる
わが裡の半ば失い母の死の後はまたたく間に日々が過ぐ
わが過去をさかのぼりして父母の裡に安らう眠りへと入る
天井の木目の模様渦巻きて脳のごとしと思いつつ見る
亡くなりて後に幾度も声を聞く母は棲むらし耳の奥処に
花びらとなりて土へと還りゆく桜木トドを思わせて立つ
いつの間に今は昔となる齢おさなき心進歩なきまま
花びらが落ちる桜の下に来て母のいまわの際想いおり
これまでに生きてきて今生きてゆく瞬時も心さまよいながら
花びらが流氷のごと散ってゆく瞬時に我もさらされており
喧嘩して発情して猫叫びいる人おとなしく今朝は聴くのみ
気が付けば無数の死者に囲まれて余命いくばく眠られぬ夜は
いっぱいに花咲き花も散りてゆく夜桜夢の中にもつづく
この道を選ぶにあらねど後戻り出来ぬ地点を過ぎてしまえり
紫の花が小さくやわらかくキランソウ我が歩むと揺れる
若き母思い出しつつ紫のスミレ小さく愛らしき花
十年を過ごしし西陵中を去る桜坂には花散りながら
母の許ムラサキカタバミちぎりいし茎の酸っぱさ今は見て過ぐ
当てられて当てて視界はめくるめくドッヂボールの攻防続く
玄関を出でて緑の葉の繁き山椒噛んで今日始まりぬ
四月から茨木市立西中学校へ今まで自ずと出来ていた流氷記の印刷環境も違いバタバタとした。ただ職員室の環境は温かくこのような営為を受け入れてくれる。退職まであと六年ほどしかないので最後の職場になるかもしれぬ。入学式の看板と式次第は僕が書くのですぐに西中教諭であることに慣れ明るい未来に向かっている。前校より厳しい環境にある生徒も多いが前向きで明るい。また生徒に教えられ導かれて新たな流氷記も出来るのであろう。自分の生き方に間違いはなく過去も決して間違ってはいなかったとこの頃そう思えるようになってきた。