流氷記六十二号歌


教師ではなくて詩人の目でいよう不思議不可思議見逃さぬよう
詩人の目で見れば景色が変わりいる常識と思い見慣れた世間
その時代確かに生きていたような気がして古い歴史をたどる
そこだけにしかない論理押しつける若者ジハーディジョンと重なる
回り道急な坂道鍛えられ得るもの多しこの人生も
道真も杜甫も確かに疎まれて流れさすらう歴史がありぬ
望まぬに辛い坂道回り道味わい楽しみながら行くべし
来年も国語を持ってと頼みくる生徒と楽しかりし一年
生徒とは馴染み大人と相容れぬ気性もつらしぞえぽん我は
教科書を肴に話深めれば心と心の交流がある
「飛ばされる」などの言葉の行き通う職員室に嫌悪を抱く

救急の担架に運ぶさっきまで風呂に浸りし生ま足が見ゆ
あっと振り向く間に人が死んでいる生死の境界線を踏み越え
大量に武器を作りて輸出する国あり平和を主張しながら
作り過ぎ消費するため内紛やテロを操る大国がある
よくもまあ無事にここまで生きてきたこんな思いも確かにありぬ
通勤の途中にいつもすれ違う人あり確認しながら通う
あの時の父の齢を我は生き父と重なるところもありぬ
分かるには十年早い職人の技術が国語の授業にもある
文学に最も遠し当たり前過ぎる国語の正答なれば
この時の作者の思いは?などと問うけれどもボーッとしている時ほど浮かぶ
ノクターン、エデンの東、挨拶の言葉の代わりにハーモニカ吹く
校庭の芝生が聴いてくれている我が吹くハーモニカの音色を
ハーモニカ授業の始め聴きながら心潤う生徒達あり
質問に答えて次々手を挙げる生徒と五十分を楽しむ
タンポポはすっくと花を伸ばしいる笑顔のように輝きながら
それだけで嬉しくなりぬ校庭にタンポポ群れて陽を浴びている
あと幾度いや最後かも桜咲くその喜びを噛みしめている
北摂の山のあちこち桜色その鮮やかな数日楽し
真っ白に鮮やかに咲く雪柳思い出しても清しくなりぬ
春の園雪より白く雪柳セーラー服の少女が通る
見上げればニセアカシアの白き花垂れつつ咲いて青空に浮く
「川添君、出世したらあかんでぇ」田中栄の口癖刻む
詩人として私は死にたい常言いし島田陽子の面影浮かぶ
びっしりとモミジの若葉満ち溢れ楽しく揺れて春雨の降る
ねばならぬ妻の言葉にどうにでも言えるじゃないかと思えど言えず
どうにでも言える論理がいつの間に世界の悪へと形を変える
存在が死ねばなくなる恐怖にて無限に墜ちてゆく夢を見る
薄紅の無数てのひら花水木風従えて空へと昇る
花びらは空押し上げて花水木生者も死者も風となりゆく
花水木風に揺れつつ長き道マッカートニーピアノで歌う
桜散り春の行方は花水木ツツジと開き五月となりぬ
花水木咲けば花びら花びらが風に揺れつつ空へと昇る
空越えて地球も超えて花水木薄紅色の花輝かす
膀胱が痛くなるほど花水木夜の静寂の眼裏に咲く
イエスタディポールが歌う真夜中に目を瞑りつつまんじりともせず
鮮やかにツツジ群れ咲く公園に空の青さも際立ちて見ゆ
色ティッシュ丸めたように溢れ咲くツツジ触れつつ我が歩みゆく
そんなにも長生きできないかもしれぬ咳が止まらぬままに思おゆ
そこだけの論理が見えて苦しみと憂いに沈む終日があり
巻き戻せ異常に気付けそこだけにしかない論理が命を奪う
そこだけにしかない論理に殺されていく人々のあまりに多し
惨惨に負けて悪者日本が謝り続ける戦後がありぬ
したたかに弄ばれて日本がやがて無くなるそんな気がする
ひまわりの哀しい調べ戦争に弄ばれし運命がある
いちめんのひまわり畑戦争に弄ばれし愛のかなしみ
口の中常濡れながら海牛のようにひらめく我が舌がある
山かげの川辺にほたる群れむれて月夜の闇に点りては消ゆ
点りては消える蛍よ束の間の人の命も闇へと変わる
蛙鳴く川の香りに酔いながら蛍の群れは点りては消ゆ
見上げれば夜空の星となり蛍次々浮かび点りては消ゆ
彼方まで街見下ろして雲見坂わが自転車は一気に下る
苦しみて母亡くなりし六月の雨に濡れつつ紫陽花匂う
母の声母の姿がよみがえりそぼ降る雨の中の紫陽花
ハーモニカ突然吹ける曲もあり半分眠りながら親しむ
若き日のあのメロディーが甦り寝ころびながらハーモニカ吹く
坂道を上る時常見えているクチナシ白ししばらく匂う
雨あとに匂い漂うクチナシに沿いて自転車ゆっくりと行く
雲見坂遙か遠くのビル見えて今も西国街道下る
街道の太田町筋旧家前朝採れ野菜果物並ぶ
昨日よりの雨に洗われクチナシの白鮮やかな匂い漂う
犬連れて常すれ違う女あれば目と目を合わす一瞬なれど
東芝の工場跡地の広大な原野が四角く横たわり見ゆ
広大な工場跡地が囲われて鳥や蛙や虫の音聞こゆ
大職冠鎌足眠る阿武山が四角い窓にすっぽり嵌る
阿武山を正面にして安威川の畔に太田中学校あり
雨あとの北摂連山水墨の筆さながらに稜線並ぶ
誰が好きなどと時めく年頃を羨しと思い温かくなる
校庭に吹奏楽部のさまざまな音満ち溢れ午後が過ぎゆく
母の死の歳まで九年こんなにもあっさりと死が間近となりぬ
水溜まりパチンパチンと羽根を振り水散らかして烏出てゆく
五六号まで書いてくれている三浦光世氏今はもう亡し
台風の前の静かな深き空船のごとくに雲渡りゆく
五月雨は夜には止まず薄紅の撫子震う雷鳴あれば
大昔神も仏もまだいない気ままな人の暮らしがありぬ
同志とは独裁者達一昔前の大学前の看板
毛沢東金日成らを祭り上げ同志と呼びし看板ありき
従わぬ者らを大量虐殺し英雄などと呼ばれておりぬ
どうにでも言える論理がそこだけの掟となりて人殺しゆく
残忍な掟となりて人殺すあのどうにでも言える論理が
国滅び日本自治区となっている未来もそのうち来るかもしれぬ
垢やフケ食べて生活するダニも人の大腸菌に似ている
振り返り思えばあの時死んでいたかもしれぬこと幾つもありぬ